首尾よく経済産業省からの助成金を獲得した片野はアイカムス・ラボを立ち上げる。同社は岩手大学における大学発ベンチャー第1号として宣伝された。

産官連携の新しい形を体現するべく

2003528日 片野圭二は資本金1600万円でアイカムス・ラボを起業させた。興味深いのは、出資者の中に、岩手大学の理工学部教授の岩渕明(現在は学長)と准教授の清水友治が名を連ねていること。

創業時に岩渕・清水ともに100万円ずつを投じており、さらに両名ともに追加出資をしている。産官連携では、産から学に資金が流れるのが一般的だ。しかし、アイカムス・ラボと岩手大学の場合、(個人ではあるが)学から産へも資金が注入されている。

アイカムス・ラボが起業した2003年当時は、経産省、文科省ともに、産学連携のひとつのあり方として大学発ベンチャーを後押ししていた。2001年、3年後には大学発ベンチャーを1000社設立を目標として掲げる「平沼プラン」も発表され、とにかくブームだったわけだ。実際、大学発ベンチャーは急増した。

さて、この平沼プランのお題目であるが、大学内の研究を事業化し、イノベーションを起こし、雇用を創出しようというものである。つまり、大学発ベンチャーという言葉を使う時、通常はその主体は大学にあると捉えるのが一般である。経済産業省による大学発ベンチャーの定義は、

(1) 研究成果ベンチャー
(2) 共同研究ベンチャー
(3) 技術移転ベンチャー
(4) 学生ベンチャー
(5) 関連ベンチャー 大学特快関連のある学生らによるベンチャー

であるため、(2)においてのみ産学がイーブンであるが、あとは主体は大学側である。

産学の密なコミュニケーションが共同研究に発展し、大学の研究者から高度な知見や技術を企業が授かり、それがビジネスの現場に移転し発展して、イノベーションに結びつく。世間一般の産学連携のイメージはおそらくこのようなものだろうと思う(*注1)。しかし、このストーリーはアイカムス・ラボの実態にぴったり当てはまるものではない。 

産産連携で芽吹いた、圧倒的技術

アルプス電気時代の終盤、片野は基礎研究に従事し、ディープでコアな技術を追求してきた。このような研究は大学での研究とも親和性が高い。実際、片野は産学官の連携に積極的に動き回るタイプであった。

しかし、アイカムス・ラボと岩手大学との関係においては、企業側は奥深い学術研究が潜在的に持つ可能性を製品開発に応用しようとし、大学もこれに刺激を受けて新たに研究領域を開拓していく、というような関係にある。

もちろん、片野の口から大学の研究者を軽んじるような言葉が出るようなことはない。しかし、産がリードし、学がサポートの位置にあるというフォーメーションを片野も意識している。アカデミズムの研究は、あまりにもディープであり、そんなに都合よくビジネスに結びつくものではない。

さて、ベンチャー企業としてのアイカムス・ラボの強みは、他社に容易に真似のできない技術がいくつかあることである。現在取得している知財は、 特が24件、商標14件、意匠は3件にのぼる(国際エリア含む)。

そのひとつが小型歯車を使った減速である。この技術については別の回で要説するが、このコア技術がアイカムス・ラボを支えていると言っても過言ではない。この技術は片野がアルプス電気在籍時に、かなりのレベルまで同僚の田村等と調査や研究がおこなわれていた。

また、この歯車減速機を用いた携帯用プリンタメカも後にアイエスエスを設立した小笠原等と具体的な商品企画が為されており、いわば産産連携によって技術が芽吹いていたわけである。

岩手で起こっているベンチャーどうしの連携でまず注目しなければならないのは、ベンチャー間で高い技術が生まれているということ。大学側はこれにヒントを与えているというのが実態だろう。

片野という面白い男に、私たちは投資した

ここでもう一度立ち止まって考慮にいれなければならないのは、さきほど挙げたブームである。時代の風は、産学の連携を進めるべく吹いている。国の方針として省庁が吹かしている風であることはまちがいない。

となると、産学連携というお題目があると官としても支援に動きやすいということになる。ならばそれをどんどん利用したほうがいい。ここは筆者の推察であると記しておく。

しかし、これだけでは岩渕・清水という研究者がアイカムス・ラボという当時としては未知数のベンチャー企業に出資している説明にはならない。彼らはいったいなにに投資したのか? この疑問を岩手大学学長となった岩渕教授と清水友治准教授にぶつけてみた。

──

経済産業省の「地域コンソーシアム研究開発事業の競争的資金」に申請した際には、産学連携として申請しているわけなんですが、首尾よく獲得できた後、どのくらいの資金が大学に入ったんですか。

清水「いえ、ほとんど入ってませんよ。実際、取れないんですよ。我々がごそっと持っていったら、片野さんらの開発費がなくなっちゃうじゃないですか」

──

産学連携といえば、資金を欲しがるのは学のほうではないですか。この場合では、個人レベルではありますが、学のほうから産のほうに資金が移動していて、奇妙ですね。

岩渕「奇妙だと言うけれども、そういう連携があったっていいでしょう。別に事業計画や技術を検討して出したわけじゃないですね」

──岩渕先生は何に投資したと認識しているのでしょうか。

岩渕「人ですよ。片野圭二という面白い男が起業したいと言うからこれは応援してやらないといけないと思って出したんです」  

「金は事業計画ではなく、人に出す」。これは、前回登場してもらった川分陽二(フューチャーベンチャーキャピタル創業者)の「出資を決める際には最終的に人を見て決める」という言葉と重なる。

つまり片野は人的に高い評価を受けているということになる。これは、アルプス電気盛岡工場撤退後のベンチャー群の中心になぜ片野がいるのかを解く鍵でもある。

この謎については、ベンチャーどうしの連携が発展してTOLICという大きな流れになっていくことを解説する際にあらためて語りたいと思う。

(続く)

 


(*注1)平沼プランが15の政策課題として掲げた最初の項目に、イノベーションの基盤整備 (大学改革、学から産への技術移転戦略による「大学発ベンチャー 1000 社」の創出)。とある。つまり、技術は学から産へ移転するという構想が明記されている。


【連載】東北再生

第1話 新年の盛岡。激震が走った工場撤退の一報
第2話 「岩手に起業家はいるのか」・・・疑念からはじまった県のベンチャー支援
第3話 はじまった盛岡、ベンチャー狂騒曲
第4話 集う実力派エンジニア。始動した第一号ベンチャー
第5話 4250万円の開発資金を手にした時に見えた、女神の姿
第6話 進まぬベンチャー支援。盛岡に光を!
第7話 産官連携の新たな形。投資の理由は、片野圭二という男の可能性
第8話 夢、破れた男。そして再起
第9話 夢破れた至高の技術で、男は再び勝負する
第10話 盛岡に現れた、新たな雄。東北を動かす異端の登場
第11話 高校生とドイツへ。そこで明らかになった日本、そして盛岡の立ち位置
最終話 盛岡で起きた、必然という名の奇跡


文・榎本憲男(えのもとのりお)

小説家 長年映画会社でさまざまな職種に携わる。『エアー2.0』で大藪春彦賞候補。『真行寺弘道シリーズ』で新しい警察小説の可能性を切り拓いたと注目を浴びる。最新刊は『ワルキューレ 巡査長 真行寺弘道』。『カメラを止めるな!』の脚本指導も手がけた。