ライブコマースとは、生放送のライブ動画配信を通じて商品やサービスを販売する手法。中国で爆発的な広がりを見せ、2020年末時点で既に14兆円を超える市場規模と言われている。
一方、日本ではまだまだ手法そのものが発展途上だ。人口の差はあれど、こんなにも両国の購買行動の違いが出る販売手法は数少ないのではないだろうか。
「ライブコマースでいうと、日本は中国に比べて2~3年後れを取っていると言われています。実際、なかなか日本の消費者に馴染みにくい手法で、過去参入した大手企業の多くが撤退を余儀なくされました。
しかし、コロナ禍によって、必然的にDX化が進み、消費の現場意識は大きく変わった。改めて私たちはライブコマースという事業に勝機を見出したのです」
こう語るのは、テイラーアップでCOOを務める和田英男だ。2020年、10歳年下の当時22歳だった松村夏海と共に同社を立ち上げた。
これまで携わったライブコマースは、300本以上。クライアントには、花王、ダイソン、ヤマダデンキ、小学館といった大手企業が名を連ね、スタートアップながら業界の牽引役を担っている。「PR会社だけでなく、出版業界や事業立ち上げで培った経験と人脈の全てが、今の経営に活きている」と自負する和田。あえて難しいとされるライブコマース事業に挑戦し短期間で成果をつくり上げた、その足取りを辿った。
SNSなどのプラットフォームを利用して、ライブ配信を行ないながら「モノやコトを売る」ライブコマース。コロナ禍を経て、InstagramやYouTubeでのライブ配信が日常化した今、そのハードルは一見低いかのように見える。しかしライブそのものは開催できても「集客できない」「“コマース”を成立させられない」といった悩みを抱える企業は少なくない。MMD研究所が2021年に実施した国内調査では、ライブコマースの認知度が43.2%もあるのに対して、利用経験は12.7%に留まっている。
テイラーアップは創業以来、ライブコマース支援事業に力を注いできた。集客から販促企画・ライブ体制・ライブコマーサー(演者)教育・実施後の分析まで、全てのプロセスをサポートし、“売れる”ライブコマースを実現。瞬く間に、悩める企業の救世主となった。
なぜ同社は、大手企業さえも撤退してきた難業を軌道に乗せることができたのだろうか。和田はこう振り返る。
「ライブコマースは、消費者との相互コミュニケーションを生み出せる“新しい顧客体験”の場です。決して、テレビショッピングや動画と同じ文脈で成立するものではありません。このことを明確にしながら、成果につながる“方程式”をスピーディーに確立できたことが、私たちがこの業界の最前線に立つことができた一番のポイントだったと思います。
売れるライブコマースに不可欠なのは、視聴導線・視聴動機・購買導線・購買動機の四つ。どれか一つでも要素が抜け落ちたら成功しません。また、人気KOL「Key Opinion Leader(キーオピオニオンリーダー)」を登場させても、台本棒読みで視聴者からコメントを引き出せない一方的な売り手思考のコミュニケーションでは、売れないどころか、観続けてさえもらえないんです」
伴走型のサポートサービスを起点に、ライブコマーサー育成研修や独自開発したInstagramライブコマースシステム提供など、事業領域を拡大し続けるテイラーアップ。攻めの態勢で挑み続けるベースには、松村、和田が短期間のうちに築いた経営基盤があった。
「当社の特長は、自己資本比率100%であること。今のところ、借入も資金調達でニュース性を作ることを必要としない財務体質を実現できています。今後も資本業務提携など特別な理由がない限りは無借金経営を貫きたい。自分たちの思う成長路線をスピーディーに、着実に築いていきたいんです」
マーケティングやエンジニアリング、コンサルティングなど各界の第一人者をアドバイザーに迎え入れていることもテイラーアップの特長だ。この盤石な組織体制に活かされているのが、和田がこれまで培った人脈である。
ここで改めて、和田の経歴について触れてみたい。
大学卒業後は、幻冬舎に入社。時に場を変えながら、出版業界で広告営業に従事した後、ベンチャー企業で新規事業立ち上げや組織開発、PR......と広く経験を積んできた。
「20代前半は雑誌の休刊で事業継続の難しさを痛感したり、一筋縄ではいかない組織づくりに苦悩したり......これまでの経験全てが今の経営に生きています」
意外にも、和田がデジタル領域に足を踏み入れたのは、30代に入ってから。
「一人社長のPR会社で大手メーカーを新規開拓しながら、PR、デジタルマーケティングの知識を0から身に付けました。松村と出会ったのもこの会社です。当時から彼は、インターンとは思えないほどモチベーションが高くて、仕事に忠実で、ピュアで裏表がなくいい奴だな、と思っていました。
ですから、松村から『テイラーアップを一緒に立ち上げよう』と誘われた時は、ごく自然に受け入れられて。しかも彼は私を安心させるために、1年は生活できるお金を銀行から借りて用意してきた。その彼の心意気にも惚れましたね。もちろんそのお金には1円も手は付けないように立ち上げ初月から僕も数字で返しました」
営業力を武器とする和田、松村のコンビネーションにより、テレアポから始めた営業活動は、すぐに勢いに乗り始めた。初年度から2人で約1億円を0ベースから売り上げたのが、その証しだ。
「とにかく求められるままにライブコマースの量をこなし、分析しながら質を上げる。この連続でした。だからといって、勢いのままに何かを決めてしまうということは一度もなかったですね。事あるごとに松村と膝を突き合わせて話し、ライブコマースの成功の型を固めていきました」
創業から3年目。和田はCOOとして日々の経営や業務責任を請け負うほか、外部コンサルタント、研修、講演など多くの役回りを担っている。
クライアントである花王は、2021年、自社内にライブ配信専用スタジオを開設。翌年1月には専門組織を立ち上げ、ライブ配信活動を強化しているが、コンサルとして美容部員/PR/開発者向けに研修を行なったのも彼だった。
「なぜ数ある手法の中でライブである必要性があるのか。自身の技術と熱意をどう伝え、共感を生むか......約2カ月半かけて、プランニング手法や視聴者の目線に立ったアプローチ方法を余すところなくお伝えしました。
店舗スタッフをライブコマーサーとして育成し、実店舗とライブコマースをつなぐ『店舗連動型ライブコマース』は、当社としても今後ますます力を入れていきたい取り組みの一つですね。いわば接客のDX。日本が誇る接客文化を再定義しライブコマースに応用することも、我々の目指す“消費革命”につながる」
人々に時間と価値の選択肢を届ける──これが、テイラーアップの掲げるミッションだ。ライブコマースの風雲児としてふさわしい文言ではあるが、実はこの言葉には社内向けにもう一つの意味が込められているという。
「社員に対しても若くても“価値”を発揮してくれる人にはお金、ゆくゆくは会社が大きくなっていけば時間も渡していきたい。と考えているんです」
テイラーアップを立ち上げる以前の和田は「実力を認めてもらえない」「自分の居場所がない」といった、社会に対する悔しさや違和感を抱いていた。同じ想いを持つ松村と起業した際、まず擦り合わせたのが社員の成果や業績を正当に評価すること。実際に、この1年で年収が300万円アップしたメンバーもいるという。
「『テイラーアップにジョインして、自分を取り戻せた』というメンバーは結構いますね。手前味噌ですが、実力主義でありながら、自分らしく働ける環境だから、じゃないでしょうか。
目指してきたのは、現体制であれば筋肉質な組織。一人ひとりが自らの人件費の3倍利益を稼ぐ覚悟があるか。継続性をもってPDCAを回せるか......僕たちが思う必要不可欠な要素ってすごくシンプルなんですが、これらができる人は意外と少ないんです」
求める人材像を聞くと「自分たちと同じように、悔しい思いをしてきた人。そして、自分の欲に正直な人」と和田。
「一般的には『会社のために頑張りたい』という声もよく聞かれますが、それは目標がないのと一緒。結局、他者に寄りかかっている感じがしませんか。極端な表現ですが『もっと稼ぎたい』とか『有名になりたい』で全然いい。貪欲な“人間らしい人”がテイラーアップには合っていると思います」
最後に、和田に組織哲学を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「マネジメントとは魂を移すこと──これは、私が尊敬するベルシステム24の元社長、園山征夫さんの言葉です。実践するには、私たち経営陣が背中を見せる、つまり、成果を出し続けなければならないと覚悟しています。
それから、もう一つ。大きな目標を実現したいなら、小さなことを怠ってはいけないという『小事は大事』はこれまでも身に染みてきた言葉。全社に浸透させてきましたし、これからも徹底していきたい」
自らを「石橋を3度叩いた後は駆け抜けるタイプ」と表した和田。今後ますますテイラーアップが成長し、目標とする海外進出を果たしても、地に足の着いた経営はずっとずっと続いていくことだろう。
文・福嶋聡美 写真・小田駿一
編集・木原昌子(ハイキックス)