オートバイを中心とした輸送用機器の製造で知られるヤマハ発動機。その社員が副業で運営しているマウンテンバイク専用施設がある。2022年4月に静岡県周智郡森町でオープンした「ミリオンペタルバイクパーク」だ。
活動の中心的役割を担っているのは、新事業推進部の小倉幸太郎氏。2000年にヤマハ発動機に新卒入社して以降、スノーモビルの開発に15年、新規事業の開発に7年間携わってきた。プライベートでは根っからのスポーツマンで、10年以上のマウンテンバイカーでもある。
夢中になって山を駆け降りているうちに、いつしか彼の周りには社内を始めたくさんのマウンテンバイク仲間が集まっていた。「山を走り続けたい」という小倉氏の個人的な想いは、コロナ禍をきっかけにある一大プロジェクトへと発展していく。
「仕事と趣味の境目はほとんどない」と話す小倉氏。ミリオンペタルバイクパークは一体どのように誕生したのか。彼が仲間とともに思い描く“夢”と合わせて語ってもらった。
海と山に囲まれた静岡県磐田市に、ヤマハ発動機の本社はあります。
社員の中にはアウトドアスポーツを趣味としていて、サーフィンやマウンテンバイクで汗を流してから出勤する人が大勢います。もちろん私もその一人です。
新卒でこの会社を選んだのは、自然の中でスポーツに打ち込める環境があれば、サラリーマン生活を続けられるだろうと思ったからです。
仕事と趣味は別。入社する前はそう思っていました。しかし実際に働き始めると、その境界線はすぐに曖昧になってしまいました。スノーボードも大好きな私にとって、同じ雪山というフィールドで自分の欲しい製品を追求できるスノーモビル開発は、想像以上に面白かったのです。
テスト走行として雪山を走る日々。天職だとも思えた一方で「このままで良いのだろうか?」という不安も感じるようになりました。仕事と趣味が一体になることに危機感を感じた私は、15年目に社内公募制度を利用して新規事業を推進する部署へ異動しました。
そこで私は、社会課題解決型の新規事業をいくつか手掛けてきました。速度は遅いがオープンエアーが気持ちいいゴルフカーを応用して移動困難者の生活をサポートする事業は、その一つです。
「自分のほしいもの」をひたすら作ってきたスノーモビル開発と違い、新規事業では「社会の求めるもの」を作る必要があります。仕事と趣味を切り分けた結果、ここでは客観的なものの見方を学ぶことができました。
そうして「仕事らしい仕事」をする自分に慣れてきた頃、世間では新型ウイルスの脅威が社会の表情を変え始めていました。
趣味で10年以上続けてきたマウンテンバイク。その活動にさらに大きなエネルギーを割くようになったのは、コロナ禍が広がり始めた2020年でした。
私は普段通り近隣の山をマウンテンバイクで走っていたのですが、外出自粛の空気が高まる中、地元の方に「もうここでは走らないでほしい」と言われてしまうエリアが次第に増えてきたのです。
走行中は集団で行動するわけではなく、出合うのは鹿や猪ぐらいです。しかし、世間の空気は想像以上に厳しいものでした。
「地域住民の皆様に迷惑をかけず、家族や仲間とともに心おきなく走れる環境を、なんとかして作り出せないか」
そう思うようになった私は、山林の地権者や森林組合、行政との対話を進めるべく、社内のマウンテンバイク仲間とともに同好会を設立し、走行可能なエリアを地道に確認する活動を約30人のメンバーとともに始めました。
それから程なくして、大きな転機が訪れました。あるイベントを通じて出会った森林組合の組合長に「うちの森を見にきませんか」と声をかけてもらったのです。
その組合長は、私たちにある悩みを打ち明けてくれました。
「最近は木を切って売るだけではほとんどお金にならない。それどころか、山林の管理や固定資産税の支払いでお金は出ていく一方。この森を有効活用できる方法を探している」と。
それなら、マウンテンバイクコースを作ってみるのはいかがですか? 安全に走れるコースを開通して、そこを利用する人から一定の使用料をもらう仕組みを作れば、山林の地権者にも、マウンテンバイカーにもWinWinな仕組みを作れるはずです──。
「なるほど。じゃあ、うちの森でやってみますか?」
私の提案に対して、組合長からその言葉をかけていただいた瞬間のことは、今でもはっきり覚えています。山桜、コナラ、シデなどが生い茂るこの美しい森で、自分たちのコースを作れるなんて......。まるで夢のようだと思いました。
早速、同好会のメンバーとシャベルとツルハシを使ってコースを作り始め、約1年半かけて5つのコースを完成させました。そうしてこの春にオープンしたのが「ミリオンペタルバイクパーク」というわけです。
実はミリオンペタルバイクパークのオープンに至るまでの間に、私たちは林野庁の補助事業である「SUSTAINABLE FOREST ACTION2021」というアクセラレータプログラムに応募し、そこで最優秀賞を獲得しています。
日本各地の森林組合と提携して、管理している山林をマウンテンバイクで走らせてもらう代わりに山林使用料をお支払いするというビジネスモデルを提案しました。
現在は近隣の森林組合と連携しながら、プランの実現に向けて取り組んでいる最中です。
このプレゼン準備を通じて、私たちは日本のマウンテンバイカーが置かれている環境を改めて認識することになりました。
日本のマウンテンバイク人口は推計10万人です。私はこれを非常に少ない数字だと見ています。なぜなら先進国では、人口比で日本の20〜30倍の人がマウンテンバイクを趣味としているからです。
日本ではロードバイクを趣味とする人はたくさんいます。しかもこれだけ豊かな山林がある。それなのに、なぜマウンテンバイクに乗る人が少ないのか。それは、安心して山を走れる環境が整っていないからに他なりません。
私たちは同好会の活動を通じて、山の中の道々が誰の持ち物なのかを調べようとしました。その結果わかったのは、日本の山は相続などによって持ち主が細かく分かれてしまっており、持ち主すら場所を把握していないケースが多々あるということでした。
また、森の中には林業のために作られた「林道」という道があるのですが、そこをマウンテンバイクで走ることの可否に関しては、行政や地域によってかなりの温度差がある状態でした。
つまり今の日本には、マウンテンバイクによる走行が「グレー」のエリアがあまりにも多すぎるのです。
走って良いかどうかがはっきりしない状況では、マウンテンバイカーは安心して山を走れません。逆に言うと、その問題さえ解決すれば、日本のマウンテンバイク人口は増加し、山林の地権者が抱えてきた収入面の課題も同時に解決できる可能性があります。
私たちはこれから、全国のマウンテンバイカーが堂々と走れる地域を全国に増やしていきたいと考えています。
日本には600を超える森林組合が存在します。そのうち例えば100の森林組合が賛同してくれれば、状況は大きく変わるはず。大きな山林の地権者や行政、地域住民の皆様ともしっかりコミュニケーションを取りながら、お互いにメリットのある形を作っていけたらと思っています。
ミリオンペタルバイクパークの運営は、私たちが立ち上げたミリオンペタル合同会社が行っています。同社はヤマハ発動機の社員と森林組合のメンバー、山林地権者によって構成されており、現在私はこの活動を副業として行なっています。
元来ヤマハ発動機には、ボトムアップで多角化が進められてきた背景があるため、「こんな事業をやりたい」「こんな製品を作りたい」といった意見は、本業でも言いやすい社風があります。
そうしたカルチャーの背景には、趣味を通じた人と人とのつながりがあるように思います。今私が所属しているマウンテンバイク同好会には、役員も参加しており、一緒に山を走っているときは一対一のマウンテンバイカーとして対話ができる関係性があります。
プライベートで話ができる時間があると、仕事の話もしやすくなるものです。今回の件でもいろいろと相談に乗ってもらえたのは、大変ありがたかったです。
ところで、昔の私は「仕事と趣味は分けた方がいいはず」と漠然と考えていたのですが、最近また仕事と趣味が一体になりつつあるのを自覚しています。
「これはまずいのでは...?」と頭の半分では思いつつ、もしかしたら仕事と趣味は本来一つでもいいのかもしれない、とも思い始めています。お客様に「面白い!楽しい!」と感じてもらえる製品やサービスを作るためには、作っている本人が楽しんでいないとダメでしょうからね。
この活動を通じて、私が最終的に目指しているのは「イザナギトレイル」の開通です。
日本の北から南まで、ずっと山の中をマウンテンバイクで走りながら旅ができる。もしそんな道を作れたらどんなに気持ちいいことか......。一人のマウンテンバイカーとして、実現する日が心から楽しみです。
文・一本麻衣
参考:ミリオンペタルバイクパーク
https://sites.google.com/view/millionpetalbikepark/