自然体で人に優しくできること。
それは誰もが持ち合わせているわけではない、「優しさ」という名の揺るぎない強みだ。その優しさが、個人の稼ぐ力に直結する時代が来たらしい。
名古屋市内を走るタクシーの中でトップシェアを誇る、つばめグループ代表の大和直樹は、「ドライバーに最も必要な素質は、人に対して思いやりを持てること。今はAIを用いた配車システムがあるので、優しい心さえあれば新人でも稼げる時代になりました」と朗らかに語る。
MaaSなどモビリティ関連の技術革新に伴い、タクシー業界は大きな変化の中にある。しかしどんなに時代が移り変わろうとも、「ホスピタリティを通じてお客様に安心・安全を届けることこそが、自分たちの使命である事実は変わらない」と大和は信じている。
70年続くつばめグループ。その3代目として会社を率いる大和の目に、現在のタクシー業界はどのように映っているのだろうか。彼の試行錯誤の歩みをたどりつつ、これからの時代に生き残るタクシー会社の条件を考えてみたい。
タクシー業界と聞いて、多くの人はどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。
「中年以上の男性ドライバーが多く、女性や若手が極端に少ない」「経験が物を言うので、稼げるようになるまでに時間がかかる」......実はそうしたイメージは、過去のものとなりつつある。
タクシー業界の技術革新が、ベテランと若手の壁を壊し始めているのだ。
過去の実績や当日の天気、周辺のイベント情報などを踏まえて需要予測を行なう。そんなドライバーの効率的な移動をサポートする配車システムの実用化が、すでにタクシー業界内で進みつつある。その結果、経験の浅い新人でも、配車システムの指示に従えば一定の成果を上げられるようになってきた。
大和も大手通信事業者と開発した配車システムを5、6年前に導入したところ、なんと新人の売上が約2倍に増加した。しかもデータが蓄積されるにつれて、システムの精度は上がり続けているという。
「昔の新人は全く稼げなくて当たり前でした。でも今は、現場に出た途端にトップクラスの売り上げを上げるドライバーも出てきました。
これは会社にとってのメリットであることは言うまでもありませんが、それ以上に新人ドライバーが自信を持てるようになったのが嬉しかったです」
ベテランと若手の間の壁が崩れた結果、近年は従来のドライバー像には当てはまらないドライバーが増えつつある。実際につばめグループでは、最近若手や女性の応募が増えているそうだ。
技術革新を背景に、タクシー業界は多様な人材を受け入れる場所へと着実に変わり始めている。
最新技術の導入により、どんなドライバーでも一定の売り上げを上げられるようになった。ということは、ドライバー個人の努力は売り上げに一切関係ないのだろうか?
大和は決してそのように考えているわけではない。
配車システムの技術がカバーできるのは、利用者を車に乗せるまで。そこから先は、適切な経路判断をベースに、ドライバーのホスピタリティがサービス品質を左右する。
ホスピタリティについては、大和は譲れないこだわりがあるという。
「多くのタクシー会社は、ドライバーの取るべき行動をマニュアル化して指導しています。それはサービス品質を一定に保つために必要な指導ですが、マニュアルを意識するだけでは血の通わない、形式的なサービスになってしまいます。
ドライバーに最も大切なのは、お客様の気持ちを汲み取り、求められていることを想像して行動する“創造力”です。心のこもったサービスを提供しなければ、お客様からの信頼は得られません」
70年の歴史を持つつばめグループには、3代にわたって同社のタクシーを利用し、「つばめさん」という愛称で親しんでくれるような利用者が数多くいるそうだ。
競合がひしめく名古屋で、売上、規模ともにナンバーワンの座を勝ち取ってこれたのは、こうした信頼の蓄積によるところが大きいと、大和は捉えている。
では大和たちは、一体どんな接客を行なってきたのだろうか。
「どんなサービスが利用者に喜ばれるのかを知るまでは、試行錯誤の連続でした。
一流ホテルやディズニーランドのサービスを真似て、ドライバーによる自己紹介やドアサービスをやってみたこともある。しかし、お客様から返ってきたのは『そういうのを求めているわけじゃないよ』という正直な言葉だったのです」
利用者の声に耳を傾け続けた結果、大和は「大切なのは気取ったサービスを提供することではなく、本当にお客様のことを考えたサービスを提供することだ」というシンプルな結論にたどり着いたのだ。
年配の方、妊婦の方、ビジネスパーソン、子ども......様々な利用者の、日常に寄り添い続ける中で、人生の大きな節目に立ち会うこともある。
「例えば、当社には妊娠中の方を産院へ送迎するエンジェルプランというサービスがあります。それを利用してくださったお客様から、産院に向かうまでの間、ドライバーが『頑張ってください!』と声を掛け続けてくれたことが心強かったと、後日感謝の言葉を頂きました。
また、結婚式帰りにご自宅へお送りした新郎新婦のお客様からも、お礼のお手紙を頂きました。ドライバーがお部屋まで荷物を運ぶお手伝いをした後、『お幸せに』と言った一言が心に残ったそうです。こういう反応を頂けると、お客様の人生に寄り添えた気がしますね」
現在はホスピタリティ強化施策として、「チームエクセレント」という一定のサービス水準を満たした社員に与えられる称号の導入や、航空会社でマナー指導に当たっている講師によるサービス研修などの取り組みをドライバーに対して行なっている。
「タクシーは決して安い乗り物ではありません。だからこそ自分たちは、お客様の日常や人生に寄り添えるようなサービスを提供していきたい。ホスピタリティの強化に力を入れているのはそのためです」
祖父の代から続くつばめグループの代表を大和が継いだのは2007年。先代の病没により、29歳という若さで社長に就任した。
もちろん、最初から経営がうまくいったわけではない。なんとか自分なりの方法でやっていけそうだと思えたのは、自分自身の性格を改めて意識した時だった。
「自分は人に助けてもらうタイプ。一番会社のことを分かっているのは現場の社員だと思っていたので、とにかく社員の話をよく聞くようにしました。また、お客様だけでなくドライバーにも満足な生活を送ってもらいたいという気持ちが常にあります。それだけは昔から変わらないですね」
大和によると、タクシー業界の人々は自分たちの仕事を「究極のサービス業」と呼んでいるそうだ。タクシーほど、幅広い客層を相手にする仕事はないからだ。
究極のサービスを、究極の品質で提供するために。大和が推奨するのは、ドライバー一人ひとりの個性を活かした接客だ。
「ありとあらゆるタイプのお客様に満足していただくためには、ドライバー側にも多様な人がいた方がいいと思うんです。それに、自分らしい接客ができた方がドライバーも楽しいはず。画一的なサービスを提供するよりも、その人らしさが滲み出る接客をしてほしいと思っています」
つばめグループのドライバーは、ほぼ全員が未経験者だ。出身業界は営業職、サービス業などの対面の業務経験者から、大工やエンジニアなどの職人まで多岐にわたる。
どんなバックグラウンドの人も受け入れる。でも一つだけ、全てのドライバーに共通して求めるものがあるという。
「人に対して思いやりを持てる優しさです。お客様のことをきちんと思える人ならば、結果は後から必ず付いてきます。昔は勘や経験がなければ稼げない世界でしたが、今は優しい心さえあればきちんと稼げる時代になりました。安心して飛び込んでいただければと思います」
利用者に寄り添ったサービスを提供できるドライバーを一人でも多く育てるために、大和は技術への投資も、人への投資も怠るつもりはない。そんな彼の積極的なスタイルは、名古屋のタクシー業界をこれからもリードし続けるのだろう。
歴史ある仕事を未来へとつなぐのは、いつだってその仕事の本質的な価値を知る人なのだから。
文・一本麻衣 写真・小田駿一
編集・梅田佳苗(Forbes JAPAN CAREER)