「いやいや、まだ、早いやろ」

2017年7月、akippa大阪本社。マーケティング責任者である横田学から社長である金谷元気の元に「サービスのブランドプロポジションを定義しましょう」と提案があった。その時の率直な感想が前述のそれである。

このブランドプロポジションとは、「ブランド固有の特徴を、ブランドとユーザー両方の立場から定義したもの」で、ブランドの基礎となるものである。

akippaは駐車場のシェアリングエコノミーサービスを展開する関西を代表するスタートアップの一つだ。累計で約24億円という資金を外部から調達するなど、市場からの期待が極めて大きい。

投資家からの期待は当然、事業のスケール。ブランドのこととなると、一般的には「早い」と判断されるだろう。ただ、金谷は横田からの提案を何度か受けていく中で、徐々に「今こそやるべきだ」という心境に変わっていったという。

そこから、“全社員”によるakippaのブランドを定義する約1年という長く険しい航海がはじまった。そして航海が終わった時、クルー全員の姿がそこにあった。

iPhoneもユニクロも、いいサービスは使う理由がすぐ言える


まだ早い、とブランド定義の提案を流した金谷だったが、ブランドについて考え始めるとある共通点に気づくことになる。

自分がよく使ってるサービス、商品、全てブランディングがきちんとされている、と。

「アップルもそうユニクロもそう、ネットフリックスもそう、自分が普段使いしているものって、きちんとその魅力が定義されている。つまりユーザーである僕自身もその魅力をプレゼンできるわけで。この時、いいブランドって、ちゃんとユーザーにコミュニケーションしている、ブランドの魅力や社会的存在意義を提示できているということに気づいたのです」(金谷)


プロジェクトに金谷自身も積極的に参加。社内へ本気度を示した

仮にここでブランドプロポジションを定義をしないまま、社長である金谷はもちろん、全社員が異なった認識でブランドを広めてしまうのは長期的に考えるとリスクでしかない。

事業も軌道に乗り、PMF(プロダクトマーケットフィット)が起こりはじめた中で、ユーザーと丁寧にコミュニケーションしなければ、人が人を呼ぶサービスにはならない。つまりはパーキングで世界一のサービスは創れないと金谷は焦ったのだ。

そして金谷はこのプロジェクトにGoサインを出す。約1年に及ぶ、ブランディングプロジェクトがスタートした。

予定調和ではない、痛みの伴うヒアリングから始まった


ブランドプロポジションを定義するためにまず、役員・マネージャー陣はもちろん社員へのインタビューが実施された。

「今のサービスについて率直にどう思うか?」「akippaのサービスの優位性は何か」「致命的な欠点はどこか」「サービスを誇れるか否か」など、忌憚のない意見が寄せられる質問設計だった。もちろん、予定調和ではない。

プロジェクトチームは上がってきた意見すべてに目を通し、サービスの長所と短所をマッピングし、カテゴライズしていった。社員の正直すぎる声に初めて触れた金谷は、こんなことを思ったという。

「辛辣すぎてこたえました、とか言った方が面白いかもしれませんが、全然そんなことはありません(笑)。僕自身が持っていた課題ともマッチしていて、予想通りだなと。むしろ、全員の意見がまとまっていたことに関しては、喜びをおぼえましたね」(金谷)


声にするのが苦手な社員も積極的に文字で意見。議論は活性化した。

いくつか例をあげてみよう。

「会社、サービスをこれからどうしたいか」という設問においては、「世界のakippaになるべき」や同時に「人に愛されるものにしたい」という方向でまとまっていた。ネガティブな意見もそれなりに出てきたのだが、それぞれ読み解けば要素は見事に被っていたという。

つまりは皆が同じ未来を見つめ、同じ課題認識を持っていたのだ。

ここからは極めてシンプル。サービスにおけるネガティブ要素を排除し、ポジティブな要素からブランドプロポジションの策定へと移っていった。

そして生まれたのが、「PARK UP. anytime anywhere.」というブランドプロポジション。

「anytime anywhere」という駐車場の予約サービスならではの機能的ベネフィットに加え、「PARK UP」という人を元気にする、活力を与えるフレーズでakippaらしさを伝える。まさにakippaのサービスを表現するにふさわしいブランドプロポジションが完成した。


世界観が明確になることで、営業、そして広報のクリエイティブへの意識が向上


2018年4月25日に出した「ブランドの再定義、サービスロゴ刷新」のプレスリリースは、この類では異例とも言える、500強のフェイスブックシェアを記録した。

ブランドを社員全員で考えた1年、誰も会社を辞めなかった


ブランドプロポジションを定義し、サービスロゴを刷新した過程をこれまで紹介した。ブランドを定義するということは、一般的に対外的なもの、消費者やクライアントに向けたものとされている。

ただ、akippaの場合、ブランドプロポジションの定義によってまず、“社内”に化学変化が起こったのだ。しかも劇的な。最後に金谷社長へのインタビューでその全容を明らかにしていこう。

──ブランドを定義し、それに合わせてロゴも刷新。対外的ですが、効果が見えるまでに時間がかかるこの施策で、まずどこに変化があったのでしょうか?


外ではなく、中ですね。結論から言うと、全社員でブランドを定義する過程、そしてそのブランドプロポジションをしっかりと体現していく過程において、1人として社員が辞めていません。

インナーコミュニケーションの強化は今の時代、どの企業も課題だと聞きます。ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)の策定とか非常に今、一種のトレンドのようになっていると思いますが、何のためにそれを定めているのか、社員がわかっていない。

それに対して、会社、サービスのブランドを考えるということは自分たちの社会における存在意義を考えるところから始まります。あと、経営層だけで考えたのではなく、社員も巻き込んでサービスはもちろん、会社の存在意義について真剣に議論した結果、全員がサービスの“責任者”であり、会社の“代表”ということを認識できたのではないでしょうか。


──目指すべき姿、あるべき姿が明確になった。それを実現するためのMVVとなると、浸透も早そうです。


ええ、まさに。物事も進みやすくなるんですよ。例えば、誰かのアイデアに対して、「それって『PARK UP』の要素ある?」とか。

そして営業の意識が、完全に変わりました。全員がブランドの重要さを気付けたと思いますし。最初にお客様と接するのは営業です。彼らはいわば、ブランドの体現者なんです。

ブランドの社会的存在意義、プロポジションが定義されていれば、自信を持って提案できるわけです、「他社とは違うんだぞ」と。

あと、採用ですね。面接官となる社員全員がakippaのブランドを認識し、アトラクトしても恥ずかしくない、自信を持って招けるという空気ができています。結果、最終面接で会った人はほぼ全員採用できていますね。

そして、何よりの変化がこのプロジェクト走らせた1年の間で、社員一人も辞めてないんです。

──失礼かもしれませんが、大阪=商人文化。すぐにお金にならないことは好まないという印象があるのですが、金谷さんは違うようですね。


いえいえ、おっしゃる通りです。たしかに経営の観点でも、元mixiの社長である朝倉祐介さんの本、「ファイナンス思考」にも記載されていましたが、大阪の人はP/L脳なんです。短期的な売上に繋がるかどうかという視点で考えてる人が多いと思います。

そして大阪愛が強い。吉本新喜劇や阪神タイガース=No.1という感覚ですが、東京の人はもちろん、世界の基準からみても、それはスタンダードじゃない。自分たちの中の最高=みんなにとって最高というものは基本存在しないんです。

そういう意識の中で、大阪を客観的に見た上でちゃんとブランディングプロポジションを策定していこうというのは気をつけてましたね。もちろん、新喜劇も阪神も好きですけど(笑)。

──大阪で一番で終わるサービスではいけませんからね。世界に行くためには。


世界一目指せば、自ずと皆さんに受け入れてもらえる。そしたら大阪でもきっと愛してもらえるサービスになるでしょう。僕たちの使命は「PARK UP」ですから。

※Forbes JAPANのWEB記事より転載
文・後藤亮輔