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2021年、中小・中堅企業を取り巻くM&A業界は、かつてない動きを見せた。

中小企業庁による中小M&A推進計画の策定、M&A支援業者登録制度のスタート、業界の自主規制団体であるM&A仲介協会の設立......M&A業界は市場の健全化に向けて、真剣に動き始めている。

「このまま『理念なき膨張』を続けた先に、M&A業界の未来はありません」

そうきっぱりと言い放つのは、中小企業のM&Aを専門に手掛けるオンデック代表の久保良介。

久保は経済産業省が主導したM&Aガイドラインなどの検討プロセスに2014年から関与。さらに2021年にはM&A仲介協会の理事に就任するなど、一企業の代表にはとどまらない活動をしている。

東証マザーズ市場に上場しているとはいえ、オンデックはまだ従業員数が50人に満たない企業だ。それにもかかわらず、代表の久保が行政などからも相談を受けるのは、同社のプロフェッショナル性が抜きん出ているからに他ならない。

自社の成長だけでなく、業界全体の健全な発展を通じて、国内経済の生産性向上に寄与したいと語る久保。彼の目に映るM&A業界の今と未来を尋ねた。


とにかくM&Aが決まればいい──低モラルのM&A支援業者が“溢れている”


「M&A業界は国内有数の成長マーケットです。それ故に新規参入も多く、急拡大に伴ってモラルの低下が甚だしい状況にあります。業界が不健全な膨張を続ければM&Aそのものへの不信感が高まり、いずれその発展は停滞してしまうでしょう。M&Aは、企業の成長加速や生産性の向上に非常に大きな効果があります。低成長に喘ぐ日本経済において、中小M&Aの停滞は大きなロスです」

成長著しいM&A業界の現状を、久保は冷静に捉えていた。

「とにかく『M&Aが成約しさえすればいい』と考え、クライアントのために最善を尽くそうとしないM&A支援業者が後を絶ちません。

『M&Aはビジネスの総合格闘技だ』と表現されることもありますが、最適なストラクチャーを助言し、その実行をサポートするためには、税務・会計・法務・事業、様々な角度の知見が必要になります。税務は分かりやすい例ですが、やり方によっては、M&A取引によって生じる税金が、一千万円単位の差を生じさせることも珍しくありません。しかし、そうした検討・提案をせず、とにかく右から左に会社を売却しようとする業者が、むしろ多数派かなとも思えます。

時間をかけて提案の付加価値を追求するよりも、できるだけ簡単な方法で、早く終わらせてしまった方が短期的には収益が上がりますからね。

コンペの際に不当に高い評価額を提示してクライアントの期待感を煽って専任契約を結ばせたり、秘密保持義務を無視して候補先の探索を行なったり、モラルを疑う業界エピソードには事欠かないのが率直なところです」

中小企業経営者の中には、自社を売却する時の気持ちを「娘を嫁に出すようなもの」と表現する人も多い。そんな大切な取引において、なぜこのような質の低い支援業者が横行してしまうのだろうか。

それにはM&A支援業者にとって「どれだけ顧客にメリットのある手段を講じても報酬への直接的な影響はない」という事情がある。クライアントから支払われる報酬は売買価格に連動するのが業界の慣習だからだ。

一方で、M&Aに必要な知識は多岐にわたる。百戦錬磨の中小企業経営者であっても、専門的な内容を完全に理解しベストな提案かどうかを見極めるのは難しいだろう。

「クライアントにとって最適な提案を突き詰めようとするM&Aアドバイザーはごく一握りです。M&Aは一生のうちに何度も行なう取引ではないので、プロとして十分な対応をしなくても『どうせバレない』と口にするような業者もいる。またそれ以前に、そもそもアドバイザーに必要な知識が不足していることも多い。『提案しない』だけではなく、そもそも『できない』業者が非常に多いのです」

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そう業界の現状を嘆く久保だが、表情を見ると諦めているわけではなさそうだ。むしろやる気に満ち溢れた目をしている。

「だからこそオンデックは、業界の『健全な発展』をリードできる存在を目指すのです」

モラルの観点で危機的状況にあるともいえるM&A業界において、創業以来「道徳と経済のバランス」にこだわった経営を続けてきたオンデックにしか果たせない役割がある。そのことを、彼は誰よりも自覚していた。


「信念を持ったプロを探していた」──ある日突然かかってきた、一本の電話


中小企業庁が初めてM&Aに関連するガイドラインを制定したのは2014年。その策定に国が動き出した当初から、久保はそれらの議論に参加していた。

経済産業省や中小企業庁と関わるようになったきっかけは、一本の電話だ。

当時オンデックは非上場企業で、従業員数は10名にも満たなかったという。そんな小さな事務所に、ある日突然、経済産業省から電話がかかってきたら、誰でも耳を疑うだろう。

「いたずら電話かと思ったら本物でした(笑)。用件はM&Aに関わるガイドライン策定の検討委員への就任依頼。なぜ当社に?と聞いたところ、『評判の良いM&A支援企業はないか?と金融機関に聞いて回ったところ、オンデックさんの名前が非常に多く挙がったので』と言われたのです。

単にマッチングをするだけではなく、信念のある『青臭い』プロフェッショナルを探していたと、その担当者は話してくれました」

久保はこれまで、各種ガイドラインの策定において、他の検討委員らと多くの議論を重ねてきた。そのプロセスを通じて、「M&Aはそれ自体が専門分野である」という認識の浸透が必要だと痛感した。そのためには、M&Aアドバイザリーを担う人間はすべからく、専門家としての矜持を持って研鑽し、周囲からもそのように認知してもらえるレベルまで、自らのスキルを高めていく必要があると強く思うようになった。

「確かに、会計士や税理士、弁護士などのいわゆる士業は各分野の専門家です。しかしM&Aのディール全体をアレンジする専門家ではありません。M&Aの遂行のためには、ディール・プロセス全体の的確なプロジェクト・マネジメントが必要であり、M&A支援会社がプロフェッショナルとしてその役割を果たさなくてはなりません。

しかし、『M&A支援会社は単なるマッチング屋さん。専門的な論点は士業専門家の領域』という雰囲気が少なからずある。M&A支援業者自身も、その雰囲気に問題意識を持っていない。その意識レベルの低さが、業界全体のレベルアップを阻害し、回り回ってモラルの低下に繋がっていると感じていました」

久保は昨年10月に発足した「M&A仲介協会」の理事に就任しており、他の上場会社の理事メンバーと共に業界の自主規制や人材育成に向けた具体的な動きを進めているという。

「理事メンバーの中では自分が最も若いので、できるだけしがらみやセオリーにとらわれない提案を心掛けていきたい」と語る久保。その心に宿るのは、2005年の創業時から何ら変わらない「企業の生産性を高め、豊かな社会をつくる」ことへの使命感だ。

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「M&Aは手段の一つ」。世界に飛び出す中小企業を、多面的にサポートする存在へ


M&A業界が健全に発展していくためには、先述した社外での取り組みに加えて、オンデックそのものの成長発展が不可欠だと久保は考えている。

「私たちがどんなに高い理想を掲げて業務に取り組んでも、今の規模のままでは、サービスを提供できる範囲が限られてしまいます。業界の健全な発展を牽引するためには、質と量の二兎を追わなくてはなりません。質を伴った適切な規模の拡大に向けて、今後はチームとしての機能の向上をより重視していくつもりです。

その上で鍵となるのは、質の高いコミュニケーションを適切な頻度で行なえる組織環境づくりです。強固な信頼関係を持った本当のチームになるためには、チームメンバーのプライベートも含めた背景や人生観に対する相互の興味・関心が欠かせません。今期はチーム内のコミュニケーションを活性化する施策にも注力していきます」

また、M&A支援の取引量の拡大に加えて、今後は既存のM&A支援の枠組みにとらわれない展開を見据えている。

「当社の根幹にあるのは、『企業の生産性を飛躍的に高める触媒となること』です。それに繋がることならば、M&Aアドバイザリーに限らず、何でもやりたいと思っています。

当社は『インベストメントバンク』を自称している通り、自分たちが投資を行なうことを含めて、すでに複数の事業構想を描いています。これらを実現することによって、日本から世界に飛び出す中小企業を多面的なサポートによって生み出す、“比類なき存在”を目指していきます」

自社の成長に心血を注ぎつつも、業界のあるべき姿を捉え、進むべき方向へと導いてゆく。そんなオンデックの姿は「真のリーディングカンパニー」と呼ぶにふさわしいと感じた。

M&A業界は、これからどのように変化していくのだろうか。業界のモラルの低下が取り沙汰される現状ではあるが、オンデックの意志が燃え続ける限り、少なくとも最悪の事態に陥ることはない。それどころか、“比類なき存在”に導かれるように、誰も想像しなかった形へと進化を遂げてゆくのかもしれない。

文・一本麻衣 写真・小田駿一

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【編集後記】

久保氏は、業界のモラル低下を憂いて「理念なき膨張」と表現した。

思い起こせば前回の取材でも、彼は二宮尊徳の言葉を引用していた。
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」と。

久保氏は、理念や哲学、道徳心が「ない」状態を好まない。
儲かるからと考え新規参入してくる者も多いこの業界において、
自社にだけ利益をもたらすことを嫌う彼は、一つの良心だ。

ここまでの3本目の記事を通じて、オンデックの過去・未来・そして現在を紐解いてきた。
同社に宿る、気高い精神や徳とも言えるものを詳らか(つまびらか)にできたと思う。

オンデックに関わる人はきっと皆幸せになる。
そんな期待を自然と抱いたのは、私だけでないことを願っている。

編集・梅田佳苗(Forbes JAPAN CAREER)