いつかの映画の話だ。

その映画ではレインボーブリッジを封鎖できないとか、カーキ色のモッズコートを羽織った主人公が叫ぶシーンが誇張して使われていた。ただ、自分はそれとは別のセリフがいまだに脳裏に焼き付いて離れない。

「リーダーが優秀なら、組織も悪くない」

優秀なリーダー.......過去を振り返ってみても、優秀なリーダーに出会った経験は極めて少ない、つまりは希少。ロールモデルが少ないがゆえにリーダー、愛される管理職の絶対数が増えないとも言える。

そんなことを考えていた、とある映画を見た後に。その直後、一人の若者に会った。「今の上司がいなければ、今の組織もない、今の自分もない。本当に尊敬しています」

その上司とは部下の支持を獲得し、38%もあった離職率を0に。同時に売上も2015年〜2017年で5倍にしたというガイアックスの本部長、管大輔氏だ。

先に彼を物語る上で欠かせない要素を2つだけお伝えする。

・会社のデスクを減らし、事業部を完全リモートスタイルに変革
・自身も定住している賃貸マンションを解約し、家なし子、いわゆるアドレスホッパーに

なかなかエクストリームな人間だが、平成も終わろうとしている中、いまだに昭和式のマネジメントスタイルが横行する現代に一石を投じられるのは彼しかいない。

鼻から「無理だよ」と言うのではなく、まずは彼の話を「目で聴いてほしい」。

新卒のために、僕は家を捨てた


まず、ここまでお付き合いいただいた読者の疑問に応えたい。

「管理職と、家を引き払うこと、関係ないだろう?」と。事実、会社にデスクがないのはまだしも、家がないというのは管理には関係ないことだ。この疑問を率直にぶつけたところ、意外すぎる、いや器の大きさを感じられるエピソードが返ってきた。

「今年(取材当時・2019年4月)にエンジニアの子が新卒で入社するんです。非常に優秀ですが、その子は今、広島に住んでいて、ガイアックスの仕事以外でも広島という地域に貢献するような活動を続けたいと。だから、リモートでの勤務を希望していました。

別におかしなことではないですが、“新卒から即リモート”の勤務形態は、まだまだ目立ってしまいます。だったら、上司である自分が、もっと凄いことをやればいいのだと。その結果、家を引き払い、国内外で仕事をしようと思ったのです」(管)


写真左にはバックパックとトランク。「いつも持ち歩くのはしんどいですね」、と笑う管氏


退職の意向を伝える、事業部長への昇進が決まる


人よりも器用で物覚えもよかった管。新卒で同社に入社し、2年目からトップセールスの類に入った。「今だから話せますが、当時は空アポを入れて、遊んでいたりもしました。それでも達成はしていた。ぬるかったと思います」と当時を振り返る。

「ぬるい」

24、5歳の伸び盛りの時こそ、焦る。すると管は日本でも屈指のネット広告代理店に応募、無事に内定を得る。

さあ退職だ、新天地だ。管は上司である現・ガイアックス執行役の野澤直人にその事実を告げに行った。

「私が執行役に着任してすぐに管から退職の話を聞きました。まぁ異端な存在だったし、仕方ないなと思いつつ、じゃあ最後だし、胸の内を全て明かしてくれと言ったんです。

驚きました。彼ほど組織について真剣に考えている人間はいないと確信できたのです。提案する内容は全て的を得ていて、全てが組織のためになっている。『僕ならこうできた=会社でやり残したことがある』ということ。じゃあお前が事業部長をやらないかと打診したのです」(野澤)

退職から急転直下、26歳という同社最年少で事業部長に就任する。「最年少」「事業部長」とキラキラした響きの掛け算だが、マネジメント経験のない管の四方には、イバラの道が広がっていた。

「そのマネジメント手法、本で読んだでしょ?」

1、2年目で仕事に慣れ、手を抜いても成果を出していた管の実態は皆、知っていた。「手を抜いているヤツが上に行くなんて許せない」、そんな批判と否定の眼差しが管には向けられていた。

ある時、「3年で売上を10倍にしよう」と事業部長就任前のMTGで掲げた。きっとみんなワクワクするんじゃないかと期待していたが、非難轟々。「そんなに働きたくない」「何を言ってるんだ、この人は」、辛辣な意見が飛び交った。

ある時、5つ歳上の部下にレビューする時間が訪れた。マネジメント経験のない管は必死にマネジメントの書籍を読みあさり、それを部下に説いた。すると、屈辱的な言葉が返ってきた。

「管くんさ、あの本に書いてあることを実践しているでしょ?バレバレだよ」

言葉で後頭部を殴られた。強く、激しく。

痛み、屈辱、憤り、悲しみ、失望。自分が情けなくて仕方なかった、その場からすぐにでも逃げ出したかった、と当時のことを管は回顧する。この瞬間から、ようやく管理職としての管の時計が動き出したのである。

「本で学んだスキル、それを真似するだけじゃダメなんですよね、本質が伴わなければいけない。一気に意識が変わりました。そのあと、様々な経営者、管理職の人とお会いしました。優れたリーダーは声を揃えて言ったのです、壁にぶち当たった時に使うのがマネジメントのスキルとフレームワーク。まずは、1対1でメンバーと向き合えと」

斬新な改革の連続。結果、離職率は38%から「ゼロ」に。


人と向き合う。

メンバーの声を拾い上げた時に、全員から出たのが「労働時間」の問題だった。売上をあげるために営業施策に走るのではなく、まず社内の改革からスタートしたのである。

「全員が終電まで働くような組織で、売上を10倍にするなんて言われたら、無理ですとなります。まぁ、それを自分は言ってしまったのですが(笑)。まずは余白を作らなければ、生産性も上がらない。そこで“リモートワーク”と“クラウドソーシング”の活用を決めました」(管)

賢明なチョイス、だが、問題がある。属人的に各々が働いた組織において、新しい習慣を作るのは難しくないが、それを定着させる、習慣化させるのは至難の技。多くの企業でも失敗しているケースが見受けられる。

そこを管は、“逆転の発想”で解決する。

まずクラウドソーシング。多くの企業では「発注の上限」というルールが取り入れられているが、逆に「発注の下限」を設定したのだ。つまり、月にこの金額以上は使わなければいけないというルールである。

そしてリモートワーク。終電までデスクで働いていたメンバーたちにとって、会社にこないというのはシンプルに、「怖い」だろう。事実、今日からリモートOKという日も全員が定時にデスクにいたというのだ。

そこで管はハードとソフトの両面で改革を打った。まず、会社から“デスクの数を減らした”。これで全員が入れなくなる。次に業務連絡を変える。多くの企業がリモート申告制を導入していると思うが逆。「今日は会社に行きます」という、空気作りをした。

「我々の仕事はSNSのコンサルでありプランニング。自由な発想を、最適解を出せるかが大事なのです。ただ、これまではやらなくてもいい業務も含めて、あらゆるタスクに溺れていて、適切なプランニングができていなかった。

自分たちがやらなくてもよい仕事はその筋のプロに任せる。我々がSNSのプロとしての仕事をする。その環境をまずは用意してあげたかったのです」(管)

結果、管が預かる組織は急成長。2年で売上は5倍に、そして離職率も38%から0%になった。3年で売上10倍への礎は築かれ、同時に管は“尊敬を集める管理職、リーダー”として認められるようになったのだ。


カンボジアに2週間滞在。のべ30人と出会う。管「出会いの連続。生きている実感がすごい」


なぜ、日本の管理職は軽蔑されるのか


信頼される、愛される管理職である管大輔。そんな彼に、率直に聞いてみた。

なぜ、管理職は信頼されないのかと。

「現場の知識がない、ただ、管理職としての役割を演じたいから口を出しているのではないでしょうか。メンバーの方々は想像よりも賢いし、頭がいい。だから、わかっているのです、『あの人は管理職という役割に酔っている』と。

そして軽蔑されます。部下がやったことで問題が起こった時に、責任をとる気概もないでしょうから。

同じことを言うようですが、とにかく信頼することが大事です。信頼の気持ちを示すと、相手もその期待に応えようと頑張ります。それを支えればいい、応援すればいい、それだけなんじゃないかなって。

僕も野澤さんに信頼してもらい、事業部長を任せていただきました。信じてくれた、だから頑張らなければいけないと思って、とにかくがむしゃらに走ってきたんです。試行錯誤しました、たくさん失敗しました、後ろ指もさされたし、恥もかきました。でも彼のために頑張りたい、本当にそう思ったのです。

だから今、僕も信頼ということを一番大切にしています」(管)

冒頭のエピソードを今一度、思い出して欲しい。

彼は新卒にリモートを許した。他の企業ではできないことを彼は許した。

なぜか?

それは新卒の彼を信頼していたから。信頼する彼に向けられる視線の数を減らしたかった、だから自身もフルリモートはもちろん、アドレスホッパーとして日本と世界を飛び回りながら仕事をすることに決めたのだ。

最後にこんなことを聞いてみた。「ぶっちゃけ、家がなくて辛くないですか?」と。

正直、落ち着かない。そして宿を予約し忘れて困ることがある。あと、ハサミとかそういうものがない時に困る。まだ大丈夫だけど、体調が壊れたら怖いですね、と苦笑いをした。

ただ、出会いが多いんです。東京では会えない人、例えば東南アジアの青年とかとじっくり語る機会なんてない。たまらないですね、この刺激は。

人間っぽいところもありながら、常に前を向き歩みをやめない。

この男、部下からモテるわけだ。

文・後藤亮輔

※Forbes JAPANのWEB記事より転載