浅草から吾妻橋を渡ると、眼前にはスカイツリーの頂点がフレームアウトするほど間近に見える。大きく様変わりしたように見えるこの辺りの景色も、路地に入れば相変わらず、従業員数名規模の町工場が点在する。

『下町ロケット』などフィクションの世界にも描写されるように、日本の町工場による「ものづくり力」には依然として大きな期待が寄せられている。反面、人材不足、市場競争力や生産性の低下など構造的な課題も数多く、経営不振にあえぐ会社も少なくない。

「当社の提携先のうち、トップ3に入るほど大きな受発注をしていた加工会社がつい先日、突然倒産したんです。うちとの取引以外、約8割を大手メーカーに依存していて、その赤字が膨れあがり、銀行からの融資を断られ、消費者金融にまで手を伸ばした結果でした……長年取引してきたメーカーとの関係を打ち切ることができず、赤字でも請けざるを得なかったのです。

高い技術力とスキル、『ベンチャーと一緒にやりたい』というパッションを持った企業が、しがらみと非効率によって潰されていく――。これ、おかしいですよね?この理不尽を一つでもなくしたいんです、僕は」

そう語るのは、キャディ株式会社、代表取締役の加藤勇志郎。東京大学卒業後に入社したマッキンゼー・アンド・カンパニーにおいて史上最年少でシニアマネージャーに就任し、グローバル戦略構築、新規事業策定などに従事したいわゆるエリートだ。

そんな彼が現場の最前線で、「調達領域の構造課題」に直面した経験をもとに、2017年11月にキャディを創業した。運営する製造業の受発注プラットフォーム「CADDi」は、わずか1年半弱のうちに利用社数が3000社を超え、全国の提携加工会社は約100社に上る(2019年3月現在)。

六本木でも渋谷でもない、浅草。オフィスも決して華美ではなく倉庫のような雰囲気。ここに半年で5倍に増えた社員たちが膝を突き合わせて働いている。

未開の40兆円市場は、悲哀で満ちていた



学生時代に起業した経験を持つ加藤は、「より世の中にインパクトをもたらせるような大きな社会課題を見いだしたい」とマッキンゼーへ入社。製造業分野、とりわけ調達領域のコスト削減と構造改革に従事するなかで、その途方もない「非効率性」に着目することとなる。

「設計はCAD、製造は自動化、販売はAIなど各領域はテクノロジーによって効率化されている。しかし調達の工程だけが、ほとんど改善されていない状況でした。なかでも僕が担当していた分野は多品種少量の部品を調達する必要があり、メーカー側の担当者は一人で一日あたり約400点もの部品を発注していたのです。

一方で受注側となる板金加工会社は国内に2万社と存在し、その半分以上が従業員3人以下の零細企業。発注側とすれば、各企業の強みがはっきりとわからず時間もかけられないから、まとめて数百という部品を発注する。すると1社の売上比率が高くなり、コストカットを言い渡されると赤字が、という構造だったのです」

要するに加工会社は受け取った数百種類の図案を見て、自社で製作できるものだけを請け負い、それ以外は孫請け会社に外注。その結果、コストはふくれあがり、利益は圧迫。「作れば作るほど赤字」という会社が増えてしまっているのだ。

「メーカーの調達部門は、一日中右から左へ帳票を切る作業を行うばかり。町工場は、一社依存で不得意分野も一様に請けざるを得ず、ドラマのワンシーンのように一方的にコスト削減を言い渡され、赤字に。ここにテクノロジーを介在させることで、プロセスを最適化し、受発注双方にとって健全な取引を行うことができないかと考えたのです」

ダクトの留め具など、オフィスを見回すと板金加工品がすぐに見つかる

日本の製造業市場は180兆円規模。そのうち調達関連にかかるコストだけで120兆円にものぼる。なかでも加藤が目をつけた多品種少量生産業界は、その3分の1となる40兆円規模の市場だ。ここにメスを入れると、業界を救えるかもしれない。起業のタネを見つけた加藤は動いた。

アップルで磨いた技術力×マッキンゼー仕込みの現場力

マッキンゼー在籍中の2016年から起業準備をはじめ、マーケティングと並行しながら、提携加工会社を一つひとつ開拓していく。ビジネスサイドを加藤が主導する一方、テクノロジーサイドを担当したのが、共同創業者でCTO(最高技術責任者)の小橋昭文だ。

小橋は、スタンフォード大学・大学院で電子工学を専攻し、米航空機・宇宙船開発製造ロッキード・マーティン社に5年間勤めた後、米アップル社に就職、シニアエンジニアとしてAirPodsの開発などに従事していた。

画像解析技術やアルゴリズムの知見を活かし、独自の自動見積もりプログラムを開発。3D CADデータを読み込み、数量や材質、塗装などのパラメータを指定すると、「約7秒」で価格と納期を自動算出することができる画期的なシステムを実装した。

つまり、メーカー側がCADDiのプラットフォームにデータをあげると、複数加工会社で相見積もりを取って2週間かかっていたものが即座に完了。設計図から「その部品加工の得意な会社」とのマッチングも可能になるのだ。さらっと述べているが、これまでの非効率さを考えると、画期的、いや衝撃的なサービスなのである。

小橋のエンジニアリングがすごいことは言うまでもないが、このシステムを開発する上で必要不可欠なのが、各提携加工会社の「強み」の把握と、実際にやり取りされているデータだ。

「創業からマッキンゼーの同僚である幸松(大喜)がジョインしたのですが、辞めてから3カ月間、フルタイムで加工会社に勤め、現場作業に取り組んでひたすら現場の「負」や実情を体験してきてくれました。今でも継続的に現場へ足を運び、実際の現場感に基づいてアップデートしています」

ここで一つ、キャディのユニークなエピソードを紹介しよう。町工場の技術力がビジネスの源泉と語るだけあり、パートナーへの対応が極めて丁寧なのだ。

「業者」や「(案件を)投げる」といった言葉は禁止、発言した人間はいつか使うであろう、会社の交流費として貯金箱にいくらか”寄付”している。

また、製造業の世界では当たり前の「半年後の小切手払い」も禁じており、当月締めの翌月払い。町工場の経営者は目を丸くし、『これまでそんな対応してくれた会社はなかった』と言う。

真摯な対応が品質となり技術力となり、発注側にとってもメリットとなる。あらゆるステークホルダーとの信頼関係を意識した賢明な対応と言えよう。

サプライチェーンのインフラを再構築し、日本の工場を救う



ふと気になった。加藤はなぜ、日本の町工場に執着するのだろうか、と。

「日本の大手メーカーの下請けを50年ほど続けてきた企業を訪ねたとき、20人ほどいた社員が、今は60歳くらいの社員たった一人だというんです。僕自身、非常に強みのある会社だと思っているのに、その人は『あと1、2年で会社は終わりだね』と。

ずっと同じ会社と取引してきたから、そこしか評価軸がなく、自分の能力を適切に測ることができない。世界をみても、『何十年もずっとこれをやり続けてきた』という強みは、意外とレアなんですよ」

通常、板金加工大は物/小物の2種類くらいざっくりとしか分類されないことが多い。ただ、キャディでは321種類に分類し、そのなかで『どの部分が他社に比べて強いか』といった特徴・優位性を割り出しているのだ。そうやって町工場一つひとつの強みや特徴を可視化し、「製造業の受発注を中心としたインフラ」の構築を進めている。

そして、その先に見据えるのは、3年後の機能拡充と海外展開だ。「町工場のキャッシュフローは非常に悪く、資材調達から入金まで半年かかる。3億円の売上を得るのには1億円の資材購入が必要で、運転資金に困っている会社が多い。

そこでCADDiのプラットフォームにファイナンス機能を持たせ、生産管理や物流最適化などをサービス化し、ステークホルダーに必要な機能を拡充していければと。結果、技術力はあるが潰れる会社をなくし、帳票作業に追われる調達部門の仕事も創造的にしていきたいんです」。

40兆円の市場で調達のイノベーションが加速している。ただ、加藤の視座はいい意味で変わらない。「パッションと技術力がある会社が潰れる理不尽を無くしたい」、彼の原動力は常にここから生まれているのだ。

 

文・大矢幸世 写真・小田駿一