一体これまで何度あっただろう。
自分のキャリアについて考えることが。
その度に足を止め、悩む。
そして腹落ちしたところで、私たちは再び歩みを続ける。
「自信がなかったんです。自分は、何を目指し、どこに向かえばいいのか。全く分からなくなってしまって」
これは、人材事業「withwork」を運営するXTalentの執行役員、松栄友希(まつばえゆき)さんの言葉だ。人生の正解を求めて、間違いのない選択をしようとするほど悩みは深まっていく。まるで自分のことのように思えないだろうか。
彼女は続ける。
「『美しいキャリア』を無意識に求めてしまっていたのかもしれません。年収や役職など、組織や業界の中でのポジショニングを考えすぎていたというか」
現在は執行役員で二児の母。過去には育児をしながら数少ない女性プロダクトマネージャーとして活躍してきた松栄さん。
仕事も家庭も充実し、迷いのないキャリアを歩んできたのでは、と筆者は想像してしまっていたが、読者と同様の悩みを乗り越えてきたようだ。
彼女が悩みを通じて、どのような仕事観・人生観をもつようになったのか、そして目指す未来の話を伺ってみよう。
新卒ではクリエイティブ職。求人広告のデザインをしていたのですが1年半ほどやって自分には向いてないと思い至りました。小さい頃から工作は好きだったものの、センスや才能とは別の話、うまく言語化できないけど向いてないなと。
その後、転職したITベンチャー企業で、どうやら私はビジネスの企画は得意みたいだ、と気づいたんです。少しずつ才能の芽が出て、同社で新規事業のディレクターに抜擢されました。
けれど協業先からもお金をもらっていたので、絶対に失敗できない状態。そんなプレッシャーの中で世の中にまだないものを作るということは想像以上に難しく、周りからのアドバイスを片っ端からトライしてみましたが事業は前に進まない。
自分に向いていると思った世界だったのに、キツイ指摘と責任の重さに潰されそうになっていました。
そんな時、一人のエンジニアリングマネージャーがチームに参加してくれたんです。
それまでの私は「こういうものを作りましょう!」というものを自分の責任の範囲で決めて、それをエンジニアにパスする、というやり方をしていました。パートナーであるエンジニアも「松栄が考えたものを、どう作るか」に責任を持ってくれていたのですが、お互いに知見のないことで頭を悩ませ、苦しんでいたのです。
マネージャーは、チームに参加してすぐ、チーム内の人とコミュニケーションを重ねはじめました。
「どこが分からないの?」「ここの部分は、すぐあの人に相談したほうがいいよ」とか。言われた通り、悩みをメンバーに相談してみると、意外とあっさり解決することも多くて。
ようやく、やっと気づいたんです。
私は自分の職域として「自分が責任をもって考えなければいけない部分」に対する固定観念が強くて、お互いに助け合おうとしていなかった。
チームとは、自分をオープンにして、議論し、相手を信頼し、そして許容し、力を合わせていいものを作っていく......そういう集合体なのだと学びました。
この方の下で働けたことは、私の大きなターニングポイントになりました。2回目の新規事業で私がプロダクトマネージャーに就いた際、時短で働きつつ限られた時間でマネジメントしチームパフォーマンスを高めていかなければならないという状況。
なんのために、誰のために、何を、どう作るのか。さらに出来上がったプロダクトによって売上を立て黒字化させ、その後も順調に成長させていく。事業の全責任を負う大きな責務を時短で担うことは、凄くチャレンジングで。
でも先の経験から、どんな時も自分ひとりで考え込まずにチームメンバーとたくさん話すようにしました。メンバーのみんなが何を求めているか、どうしたら動きやすいかを考え、一緒に作っていくことで乗り越えてきたんです。
新規事業に二つ携わって、ようやく軌道に乗り始めた時。これから先、どのようにして自分が成長していけばいいのかが、分からなくなった時がありました。
もともとプロダクトマネージャーというのは、エンジニアとしてのバックグラウンドを持つ人がほとんど。そうでないと出来上がったものの良し悪しについては判断できないですから。
でも私、プログラミングができないんです。だから他企業では通用しないだろうな、とどこか負い目を感じていました。
エンジニアであるチームメンバーに「システムの話ができるから、プロダクトマネージャーとして十分」と言われても、プロダクトマネージャーとして自分は何を勉強し、どうなれば強くなれるのかをずっと探していました。
自信がなかったんです。
そうしていくうちに、自分は何を目指し、どこに向かえばいいのか。全く分からなくなってしまって。
「ポジションや役職を上り詰めること、それはあなたの幸せとは思えないよ」
業界で有名なプロダクトマネージャーの方に相談させていただいた際の、この言葉が刺さりました。
私は自分のキャリアのベストアンサーばかり考えていたんですよね。でも、一つの会社や業界のピラミッドばかり見ていた思考は無意味だな、と。
「本当は、何がしたいんだっけ」と、もう一度自分に問い直してみる。
考え抜いてたどり着いた答えは、「年収でもポジションでもなく、自分の人生の時間の多くを投下してもやりたいと思える仕事ができている」ということ。
社会に対して何を成すか。私が仕事をすることで、幸せになる人がいて、人生が楽しくなる人がいるのか。マイナスのところからゼロに戻れる人がいるのか。次の世代の人たちに繋がっているのか。そういうことの方が大事なのだと思い至りました。
プロダクトマネージャーとしての自分に固執するのではなく、このスキルを社会のために活かしていこう。
そう考えていたあるとき、様々な企業のプロダクトマネージャーが集まる交流会に参加しました。
そこでの女性の少なさに愕然として。そもそもプロダクトマネージャーは母数が少ない。その中で女性、更に「ママ」は200人集まって1人いるかいないか。
業界にママがいない。
それは産後チャンスを与えられる人が少ないとも言えるでしょう。社会の課題を感じましたね。
思い起こしてみれば私自身、ママとして時短勤務をする中でたくさんの課題と向き合ってきたんです。
例えばITベンチャーでは社内の育休復帰ママ2人目だった私。全体総会は毎回夜間に行われることが当たり前で。時短勤務で参加できなかった人には、情報を共有される仕組みがなく自然と浦島太郎状態になってしまう。
時短勤務者を想定していない仕組み。それは時短=戦力外という「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」の現れでした。
私は声を上げて会社も変わってくれましたが、アンコンシャスバイアスによる課題はまだまだ社会に根深い。
働く女性を取り巻くペインを解消したいという思いが高まっていきました。
「ママ」「プロダクトマネージャー」という私自身が苦労した経験を、同じように時間制約のある中で頑張る人たちのために活かしていこうと決意しXTalentに参画することにしたんです。
いま、これまで当たり前だった「働く幸せ」の在り方が変わり始めています。
かつては終身雇用という保障の代わりに、組織の事情が圧倒的に優先される社会でした。今は、それを求めていない人たちも増えています。
子育て・介護・自分の病気などのプライベートの事情があって、仕事の時間を調整しなければいけない。それでも“短く濃く”働いて成果を出す人に、活躍の場が与えられるという社会にしていきたいですね。
私自身、執行役員としての働き方は今も変わらず時短。それでもパフォーマンス高く働けるということを体現していきたいなと。
プロダクトマネージャー時代と少し違うのは、自分の専門性を強みに働くスタンスから、目的のために全方位で全力を尽くす働き方に変わった点かな。日本全体に大きなムーブメントを起こせるよう、価値観ごと変えていくぞと熱意に燃えています。
自分がどんなキャリアを描いていくかといったことにはやはり興味がありません。
社会に対して何を成せるか、そのために自分は何をするか、を考え、できる限り自分の心にまっすぐに生きていきたいなと思っています。
文・櫻井朝子