Gunosy共同創業者 関喜史氏、ヤフーCTO 藤門千明氏、コロプラ代表 馬場功淳氏

彼らにはある共通点がある。それは、高等専門学校(以下、高専)を卒業していること。

2020年9月現在、全国に57校ある高専では約6万人の学生が工学・技術・商船系などの専門教育を受けている。5年の課程を修了すると、卒業生の過半数は就職する道を選ぶ。

高専生の採用枠は大手メーカーを中心に広く設けられ、その求人倍率は約40倍。彼らは卒業さえできれば、ほぼ苦労することなく内定を手にできる。誕生から50年あまり。完成教育を掲げる高専の、成果の証といえよう。

「しかし、このような恵まれた就職環境が、高専生の視野を狭め、あらゆる可能性の芽を摘んでしまっていると思うんです」

そう語るのは、高専キャリア教育研究所で代表を務める菅野流飛。高専、大学、大学院を経て、2009年にスタートアップのITベンチャー企業へ就職したという、高専卒業生としては“異色”の経歴の持ち主だ。

菅野が言う“可能性の芽”とは一体何なのか。

研究者の道をあきらめ、ITベンチャーへ。工学で鍛えられた思考能力が活きた


「父は高専卒のメーカーエンジニア。姉や私が高専に進学するのは、ごくごく自然な流れでしたね」(菅野)

千葉の実家を離れ、東京高専・物質工学科に進学した菅野。「他に比べ、女子の割合が多いから」という理由で専攻を決めたと笑うが、学科で首席を取ったこともある優秀な学生だった。

高専卒業後は、名門・東京工業大学の生命理工学院3年次に編入。細胞周期やゲノムDNAをはじめとする生物学研究に没頭し、そのまま大学院へと進んだ。あと半年で博士号がとれる、というタイミングで彼は中退を決意する。

早々に就職活動をスタートさせた菅野。

「大手企業でないほうが、きっとあなたの力を発揮できる」という人材コンサルタントのアドバイスを素直に受け止め、当時創業3年目、今やマザーズに上場を果たしたWebマーケティング会社・Speeeへの入社を決めた。

「何のスキルセットもないまま、社会人として、そしてWebディレクターとしてデビューを果たしましたが、特に苦労することもなく業務を遂行できたのは、長く工学や自然科学を学ぶ中で著しく論理的思考能力が鍛えられていたからだと思います。とりわけSEO分析やその結果を踏まえたクライアントへの提案業務は、研究プロセスとの親和性が高かった」(菅野)

その後、マーケティングに従事した菅野の関心はインターネットメディアへ移り、当時急成長を遂げていたリブセンスへと籍を転じ、その後は大手であるリクルート住まいカンパニーで実績を築きあげてきた。

「社会人となってから『時に軸足を変えながら、やりたいことに迅速に取り組み、実現させていく』感じで仕事にあたっていたんですが、リクルートには自分と同じ匂いのする同僚が多数在籍していました。そして、そうした活躍人材の多くがなんと高専卒業生だったんです。

自分の他にも、大手メーカー以外のキャリアパスを歩む人がいるんだと至極驚きましたね」(菅野)

この事実に衝撃を受けた菅野は「全国の高専生に、自身のキャリアを考える機会を与えたい」と、単独で高専キャリア教育研究所の活動をスタートさせた。2015年12月のことだった。

高専生の“今の頑張り”をキャリアにつなげる支援活動


現在、高専キャリア教育研究所が展開する事業は2つ。キャリア教育事業とスタートアップスタジオ事業である。

キャリア教育事業では、高専生に対し高専卒業生やベンチャー企業との接点を創出する活動を展開。

具体的には、オンラインプラットフォーム「高専キャリアONLINE」やビジネスコンテスト「BizDev-weekend」の開催、CAMPFIREとのコラボであるクラウドファンディングサイト「Hello World Project」の運営を実施している。

「『BizDev-weekend』では、高専生による良質なものづくりをその場限りで終わることのないよう、上位入賞者にはスポンサー企業とともに事業化に向けたプロジェクトに参画してもらっています。

また、会場をあえて都心のITベンチャー企業に設定するなど、参加者たちに“東京ならではの熱量”を感じてもらえるような演出を毎回心がけています。コロナ禍の今は、こうしたコンセプトをオンラインの中でどう実現させていくかが課題ですね」(菅野)

一方のスタートアップスタジオ事業では、中堅メーカーやその工場のDX、大手メーカーのPoCサポートのほか、様々なスタートアップ企業の事業開発支援などを行っている。

「この事業の最大の特徴は、各案件に現役高専生をアルバイトとして参加してもらっていることです。授業では取り扱わない最新技術や、実際の開発の現場で運用されている業務フローやコラボレーション手法などに触れてもらうことで、多様な業種・職種への理解促進と実践的な人材の育成を目指しています」(菅野)

幅広い事業を手掛ける高専キャリア教育研究所。菅野の強力なパートナーとなっているのが、CTOの兼城駿一郎だ。

CTOは連続起業家


兼城は、連続起業家だ。

中学卒業後に進学した沖縄高専メディア情報工学科の在学中から、常に起業できる道を模索していた。

「起業への糸口を見つけるため、高専生を対象としたコンテストには積極的に出場していましたが、なかなか結果を出すことができず。ただ、ある時から『全国高等専門学校プログラミングコンテスト』で2年連続入賞、総務省が開催する『起業家甲子園』でも優秀賞を獲得することができたんです」(兼城)

どうしてこんなに躍進することができたのか?プログラミングにシフトチェンジしたことは間違いなく勝因につながっているだろうと兼城は振り返る。

加えて彼は2011年、人生観や仕事観を左右するような稀有な経験をする。沖縄の学生を対象とした米国シリコンバレー研修に、沖縄代表として短期派遣されたのだ。

「GoogleやFacebookなどIT企業や、VCが集まるインキュベーション施設などを見て回りましたが、『それほど特別な場所じゃないかもしれない』と感じました。確かに投資家や起業家が多く、そこら中にビジネスチャンスが転がっているような環境でしたが、『ここにいないと成功できないか』と言うと、決してそうではない気がして」(兼城)

高専で、ものづくりと向き合ってきた自分なら、きっと日本にいてもグローバル市場に挑める時が来る──そんな可能性を感じながら帰国した兼城は、翌年ついに起業を果たした。事業内容はスマホアプリの開発。しかし実状は、ビジネスをグロースさせる手立てが見つからず、火を灯し続けることは困難だった。

2013年、兼城はリクルートホールディングスに“新卒”入社する。実践の場でビジネスを体系的に学ぶためだった。リクルートキャリアへ出向後、事業開発や新規事業の立ち上げ、ベンチャー企業の買収など幅広い事業に携わった。

2015年には、同僚と解析ツール開発や提供を手掛けるmisosil(ミソシル)を設立。2足のわらじを履きながら、経営者として、エンジニアとして、多角的な視点を培ってゆく。

そして2016年、菅野と出会う。きっかけは、共に高専卒業生であったこと。初めての会食の場で、現役高専生のキャリアについて抱いていた疑問を吐露し合い、すぐに意気投合。全国の高専生のものづくり、プロダクトが世界に受け入れられる素地は十分にある。そう確信し、同研究所の活動に参画することにしたのだった。

微分・積分よりも難解なビジネスはない


高専キャリア教育研究所は、2017年12月に法人化し、菅野が代表取締役に就任。兼城は2019年1月にCTOとなった。

2020年5月には、菅野の母校である東京工業大学関連VCファンドを運営するみらい創造機構との資本業務提携を締結。今後は、高専生、高専卒業生によるスタートアップ企業を対象としたファンドを立ち上げる予定だ。

「現在、キャリア教育・支援を軸足に活動を行なっていますが、その取り組みから高専生や高専卒業生が起業することも当然、想定しています。そこに投資機能が加わることで、当社独自のエコシステムが完成されるんです」(菅野)

高専生や卒業生に対して、一様にベンチャー企業で働いたり、起業してほしいとは考えていない。ただ、“自分が最も輝ける場所”はどこなのかを考え、選択する機会をつくりたいだけ。

そう話すふたりにあえて、「もっと多くの高専生や卒業生がIT業界に進出したら、どうなるのか」を問うてみると、菅野からこんな答えが返ってきた。

「間違いなく、スタートアップ企業のエコシステムがガラリと変わるでしょうね。今のようにアイデア起点で資金調達して、それからものづくりに着手するのではなく、ものづくりが起点となって、投資家やマーケターが参入しながら、ビジネスをグロースさせていく......シリコンバレーさながらの環境になると思います」(菅野)

菅野は学生たちによく「微分・積分よりも難解なビジネスはない」と話すという。工学を学ぶ現役高専生にとって、これほど力強いメッセージが他にあるだろうか。

高専キャリア教育研究所の熱量あふれる活動によって、未来がどう変わるのか。

今からとても楽しみだ。


文・福嶋聡美 写真・小田駿一


【編集後記】

私ごとで恐縮だが、実はリクルート時代から代表の菅野氏を知っている。当時から「高専生の可能性に、もっと光を当てたい」と力説していたが、たった5年でここまでの規模のコミュニティを作り上げたのは実に興味深い。

旅路の途中で兼城氏と出会い、そしてみらい創造機構との資本業務提携を締結。

今回は「採用」という形ではないが、もし自社の未来を担うエンジニアを探しているのならば、彼らに軽く声をかけてみてはどうだろう。高専生、という選択肢は確実に自社の可能性を拡張させてくれるはずだ。

編集長 後藤亮輔

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