2020年3月に世界全域を襲ったコロナ・ショック。ワクチンが開発されるまで第2波、第3波の到来が予想され、日本でも感染拡大を防ぐために行政や企業が対応を迫られている。

様々な業界が大きな影響を受け、業務フローや経営戦略の見直しに急ぐ企業たち。当然スタートアップも無関係ではない。ようやく第1波が落ち着いた矢先に再び感染者数が増加する今、現場では何が起こっているのか。

今回、本記事では宇宙ビジネスを手がけるスタートアップ、Synspective(シンスペクティブ)における「アフターないしウィズコロナ時代におけるスタートアップが生かせる組織としての強み」についてお送りする。

同社は計109億円の資金調達を果たし、いま国内で最も勢いがある宇宙ベンチャーの一社だ。その事業は人工衛星を使った地表データの取得とソリューションの開発。彼らの技術によって24時間365日、地球全体の地形や建物の3Dデータを取得できるようになるとされている。

これらの情報を活用すれば、市街地の開発具合やそこでの経済活動、地盤や大規模インフラの変位、土砂崩れや河川の氾濫などを数時間おきに把握できるようになる。ひいては、従来より効率の良い都市の開発や、インフラ整備が可能になるだろう。

そんな同社の代表である新井元行氏は「コロナ禍はスタートアップにとって苦境であると同時に、チャンス」と独自の展望を持っている。

昨今は先行きが不透明でキャピタリストの財布の紐は固くなっている。資金が調達しづらく、スタートアップには苦しい状況が続いているはずだ。なぜ新井はチャンスと捉えているのだろうか。

事実、リーマンショック後にGAFAが台頭。危機は飛躍のチャンスでもある


「大きな危機が起きる時には世の中のルールが大きく変わり、新しいニーズが生まれます。例えば直近で言えば、オンライン会議システムをはじめとしたリモート関連ビジネスがまさにそれでしょう。

スタートアップは環境の変化に合わせて迅速な対応ができるのが強みなので、とても挑戦のしがいがある時期だと思いますし、周囲の経営者に話を聞いても、『いまが勝負時だ』とモチベーションを高めている人も多いです」

新井によれば、ビジネス環境が変化すれば業界の勢力図は変わり、大きなゲームチェンジが起こる。まさに今がそのタイミングだと言う。

「リーマン・ショックを契機に起こった変化が、もう一度起こると考えています。当時は経済界でプレイヤーの再編が起こり、危機に対応するためにシステム・価値観・慣習の入れ替わりが進みました。ここで頭角を表したのがGAFAです」

Google、Apple、Facebook、Amazon(頭文字を取ってGAFA)はいずれもリーマン・ショック後に著しく成長し、老舗であるMicrosoftを加えた5社合計の時価総額は東証一部全体の時価総額を超えた。新井はコロナ禍の影響でネクストGAFAが生まれるのでは、と未来を見つめている。

「いまは誰も先が読めない状況です。ルールが大きく変わるなかで、大企業のスピード感では難しいところを、ベンチャーはその機動力の高さから新しい変化に適応することができる、そう考えています。

人間同士の物理的な接触をなくしていく、という新しい価値基準が誕生したこと。これは『密集・接近することで経済合理性を高めていた』これまでと真逆。

分散によって解決できる問題が数多く存在するのです。スタートアップはそういった社会の流れやニーズを敏感に読み取ることによってネクストGAFAになれる可能性を秘めているのではないでしょうか」

日本のスタートアップ界隈では、未上場で時価総額100億ドルを超える「デカコーン企業」の不在が課題とされてきた。しかし、適切に先を読み、今、仕掛けられたら......、5〜10年後に、ネクストGAFAが日本に存在しているかもしれない。

「有事にこそ、地力が試される」リアルテックを襲ったカオスへの対処


確実に希望はある。しかし苦境の渦中にいる企業は多く、この状況を乗り越えなければ未来はない。現に「Synspectiveもコロナ禍とは無関係ではない」と新井は続ける。

「生じた課題は営業機会の損失と衛星開発のスケジュール維持でした。私たちはすでに大きな資金調達を終えていますし、衛星の初号機の開発も最終フェーズにあります。今回の件で会社経営の危機を迎えるということは今のところありませんが、これまでと同じパフォーマンスを感染リスクを最小化しながらどう実現していくか、計画の練り直しを図っています。

まず、セールスは対面営業が難しくなり、クロージングはしづらくなりました。

一方、開発現場では感染リスクが高まるため大勢の開発者を集めることができなくなりました。また開発が無事完了したとしても、衛星の発射場への輸送が遅れたり、ロケットに衛星を据え付けるエンジニアが発射場へ赴けないなどの可能性もあります。こういった影響も今後は見込んでいます」

これらの課題に対し同社がとった対策とはどのようなものだろうか。

「オンラインミーティングが普及してきた分、顧客とのミーティング設定のハードルは低くなったのですが、一方で共通認識の形成が難しい。そのため、オンラインで最終の意志決定までできるよう顧客にとって必要な情報提供と懸念点の払拭、今後のステップについて資料とコミュニケーションを厚くし契約交渉を進めています。

衛星開発面では、感染リスクを最小化しながら開発をどう進めるかについて検討しなければなりません。重要なのは、開発工程のボトルネックと優先順位のみならず、感染経路を意識して、作業計画を再構築することです。

スタートアップの開発者は、その熱い思いからプロダクトの質を高めようと頑張りすぎることがあります。今は特にコミュニケーションを密にとり、関係者全員が『腹落ちすること』を意識しながら進めている最中です」

これらのTIPSはごく一般的に行なわれていることではある。しかし新型コロナの影響で、チームメンバーや顧客との距離は物理的に遠くなってしまった。各々の姿は見えづらくなり、個々が抱えるタスクや課題の把握が難しくなる。

有事が起これば地力が問われる。危機的な状況だからこそ、皆が同じ認識を持てるよう工夫と努力が必要だ。

企業ロイヤリティの本質。仲間がいれば課題は解決できる、という安心感


新井は過去経歴の中で、東南アジアやアフリカ等の開発途上国、そして日本の被災地などで、エネルギーや水・衛生に関わる事業開発に携わっていた。

先に紹介した同社の対処法で特に注力しているのは「ボトムラインの意識」。新井がこれを大事にするようになった原体験は、開発途上国でのビジネスにあるという。

「途上国では、想定外のことが頻繁に起きます。リスクコントロールしなければならない環境を長く経験した私は、最悪の状態=ボトムラインを常に意識する癖がつきました。

例えばアフリカでの地方出張から戻る長距離移動中、突然バスから下ろされたことがありました。『通信手段と最低限の現金が手元にあればなんとかなる』と考え準備していたおかげで、携帯で現地の仲間と連絡を取り、ことなきを得ることができました。このように、ボトムラインに対する準備をしておくと、平常心でいられ、通常通りのパフォーマンスを上げられるのです。

今、Synspectiveの仲間を得て、ボトムラインや最悪の状態を考えるとき私が意識しているのは『集合知』です。トップダウンではなく『皆で仮説をたくさん出して検証する』方が、想定外の事態が減りますし、生き残るための良いアイデアが生まれます」

緊急事態における正攻法は、リーダーがトップダウンで決断を下すこと。あえてその逆をいくSynspective。その理由はどこにあるのだろうか。

「課題に一人で打ち勝つ必要がなくなれば心理的な安心にもつながります。仲間と共に立ち向かえばサバイブできる、と考えられることがロイヤリティの本質だと私は考えています。

心理的な安心感は個人や組織のパフォーマンスにもつながりますし、集合知から始まるこうした好循環を作り出せるのは大規模でないスタートアップならでは。

また、チームの直面するリスクや現状を正しく認識するために、チームメンバーにアンケートをとることも重要な施策です。それぞれのメンバーの認識や現場感に基づき、経営層がフィードバックや実際の改善を行う。そうしたコミュニケーションを今は特に大切にしていきたいと思っています」

新井の話からすれば、リスクヘッジとは最悪の事態を回避することだけに留まらないようだ。

自分たちなら最悪の事態を回避できる、と信じられる仲間の存在。それが能動的な試行錯誤を随所に生み出し、高いレベルのプロフェッショナル人材がスキルをシェアしあうフラットな組織。

美しく理想ともいえるそんな組織を、カオスの渦中になりながらも目指しているというのだから驚きだ。

スタートアップだからこその強みである機動力や集合知を生かした打ち手を。危機的状況でも諦めずに、虎視淡々と再起と飛躍のチャンスを伺いたい。

文・鈴木雅矩