SNS上の誹謗中傷が原因とされる若き女子プロレスラーの死。

それを契機に今、ネットリテラシーの更なる啓蒙とアップデートが求められている。

「書いてダメなもの、はありません。その代わり、投稿内容に応じて民事・刑事・道義的な責任が求められます。老若男女問わず、改めてこの点を認識して欲しいのです。表現の自由とは『発言の責任を背負う義務』と共にある権利です」

そう語るのはIT関連企業、グリー株式会社に所属する小木曽健氏。同社のCSR(社会貢献活動)部門で、ネットリテラシーの講師を務めている。

グリー社員でありつつ、多数のメディア出演や執筆活動を通じ、「ネットリテラシー講師」と言えばその名が浮かぶほど精力的に活動をしている。

年間の登壇数は200回以上、多い年には365日のうち「386回」も壇上に上がり、小木曽はインターネットで絶対に失敗しない方法を伝えてきた。なぜ彼はこの仕事に携わっているのか。使命感の源泉と実現したい世界観を伺った。



情報で失敗する人を無くす、それが私の使命


講師と聞けば、多くの人が壇上で話す姿をイメージされると思います。現に私も全国の小・中・高等学校、一般企業、官公庁で講演を行なってきました。しかしそれは活動の一部。書籍の執筆やメディアでの連載、テレビやラジオへの出演も私の業務です。私の仕事は「伝えること」「知ってもらうこと」ですから、それに繋がる仕事はすべて活動範囲になります。

私が何を伝えているのか。それは情報と安全に付き合い、ネットで失敗しない方法です。昨今、ネットやメディア上には真偽不明の情報が出回り、デマが問題視されています。また、SNSやブログに投稿する際、配慮が足りなければ誰かを傷つけてしまうし、同時に自らの人生さえも破綻させてしまう。

これらの問題を解決するためには、情報を受発信するノウハウが必要です。「どのような行為を避け、どのように情報を見極めるか。トラブルに巻き込まれない・傷つく人を生み出さない情報との付き合い方」を知ってもらうために、情報リテラシーが必要なのです。

門外漢からネットパトロールの責任者へ


グリーに入社するまでは、いわゆる顧客対応、電話センターやメール問合せといった分野が専門でした。様々な業界のコールセンターで業務を設計し、立ち上げや運営を担当していたのです。

グリーに転職したのは2010年、まだSNSという言葉が世間に浸透しきっていない頃でした。私は顧客管理部門の責任者として入社しましたが、当時のグリーは「お客様対応」と「パトロール」を顧客管理部門がまとめて運用していた。そのため入社と同時に門外漢のネットパトロール責任者としての業務も始まることになりました。

ネットパトロールの重要なミッションの一つは、サービスの「利用規約」に反する行為に、迅速に対処すること。もちろん違法薬物の取引や犯罪予告といった、法に触れる投稿への対処も含まれます。特に当時は、サービス内で18歳未満の児童が犯罪被害に遭うケースが多く、最優先で取り組む必要がありました。

グリーの“外”で活動する理由、「ネットトラブルはもっと減らせる」


ネットパトロールの部署では、児童被害を防ぐために様々な対策を施しました。暗号化された「連絡先」といった禁止投稿を抽出する機械学習システムは、早期に取り組んだ施策の一つです。

その一方で、禁止投稿との戦いはスピードとの戦いでもあります。違反ユーザーは、投稿が削除されないよう、日々新しい隠語やスラングを生み出すため、システムがそれらに迅速に対応できない場面もある。時にはスタッフの増員と目視による「人海戦術」で対処しました。

その結果、最初の1年でグリーにおける被害児童数を激減できたことは、チームとしての素晴らしい結果だと思います。しかし業界全体で見ると根本的な解決にはなっていなかった。

違反行為を行なうような人物は、管理の厳しいサービスから逃れ、別のサービスに移動してしまうので、結果的に業界全体の被害者数は減らなかったのです。

個々のサービスでセキュリティ対策を徹底しても、違反ユーザーは河岸を変え、また同じことを繰り返す。問題を根本的に解決するためには、自社サービスの外側にいるネットユーザーにも、ネットリテラシーを身につけてもらわなければいけませんでした。

そこで「社外向けの情報リテラシー教育」を専門に行う部署を立ち上げ、講演活動がスタートしたのです。

全国の学校を中心に次第に口コミで評判が広がり、日に日に増えていく講座の回数。以来、40万人以上の方々に「ネットで絶対に失敗しない方法」をお伝えしてきました。


伝われば記憶に残り、心開く。ヒントは、創作落語にあり


専門の部署を立ち上げてからおよそ8年間、全国に出向いてきましたが、グリーが提供している講演は創作落語のようなものだと感じています。

「つまらなかったけど記憶に残る、役に立つ」講演はありえません。私の仕事は伝えることですから、記憶に残って役に立つ講演をしなければならない。そのため伝え方には工夫を凝らしています。落語のオチにあたる「知ってほしい情報」と、そこに至るまでの筋書き、そしてそれを最も効果的に伝える例えやジェスチャー。ここが腕の見せどころです。

たとえば渋谷のスクランブル交差点、そのど真ん中で、個人情報が書かれたボードを掲げる人の写真を見せて、「これやれますか?」と聞く。当然、やりたいと思う人はいないでしょう。ですが、ネットに投稿する行為はそれと同じ、あるいはそれ以上の行為だ、と説明すると、なるほどと頷いてくれる。聞き手が耳をかたむけてくれた時はやりがいを感じますね。

工夫された伝え方をすれば、聞き手は納得し「役に立つ情報」が記憶に残る。講演後、周りの大人に言えない、実は大きな問題を内包した悩みをポロリと話してくれる生徒も珍しくないのですが、その背景には講演内容への納得感が欠かせません。

講演では「質問があればTwitterでダイレクトメッセージを下さい、答えますよ」と伝えているのですが、感謝のメッセージ以外に、学校の先生からの悩み相談が届くこともあります。中には警察と連携して事件を未然に防ぎ、犯人の検挙につながった相談もありました。

聞き手にとって私は「初対面の人物」。それでも助けを求めていい相手として悩みを打ち明けてくれる。心を開いてくれたように思えて嬉しいですし、それを実感できるのは何よりのやりがいですね。

日本を、世界でずば抜けて「情報リテラシー」の高い国へ


よく「ネットは犯罪の温床になっている」「リスクの高い場所だ」と言われます。

しかしインターネットは、あくまで情報通信のための道具でしかない。そこで有害な情報を発信し、特定の人物を誹謗中傷し、間違った使い方をしているのは人間です。

2020年5月のテラスハウスの一件では、リアリティショーの過剰な演出によって、制作側のコントロールの効かないバッシングが起きてしまった。海外でも同様の番組で自殺者が出ています。

テレビが幅広い人達に向けた娯楽であり、多勢に観てもらうことが至上命題である以上、今後も「演出」と決別はできないでしょう。そもそも誰かの意図や狙いが必ず紛れ込むのは、情報の本質であり、必然でもあります。そういったことを理解するのが「情報リテラシー」の第一歩だと考えています。

「制作側のフォローが無かった」とか「ネットユーザーに問題が」という単純な話ではありません。社会全体が情報リテラシーを高め、フェイクを見分け、情報の意図に気が付き、表現の自由を適切に行使する状況を作る。そうしない限り、今後もまた同じような問題が起きます。これは避けなければいけません。

これまでの活動を通して、40万人以上の人々へ情報リテラシーを伝えてきましたが、まだまだ道半ば。私がどれほど講演をこなそうとも、ネット世代の全ての人たちに「ネットで絶対に失敗しない方法」を伝え続ける必要があります。

今は、オフラインが持つ「創作落語」の良さをオンライン化し、より効率的に展開できないか模索中です。情報リテラシーの向上は、建設的な議論や活発な情報発信に不可欠ですから、スピーディーに状況に即した啓蒙を進めることも意識しています。

私が本気で目指したいのは、「なぜか、日本だけ、世界の国々と比べて圧倒的に情報リテラシーが高いよね」という不自然な状況を作り出すこと。それが海外へと伝播していけば、これほど痛快なことはありませんね。

文・鈴木雅矩