2008年、リーマン・ショック
2011年、東日本大震災
2020年、コロナショック

この10年を振り返ると日本は何度も危機に見舞われている。

ポジティブな見方をすれば、日本の企業はそれだけ多くのピンチを、「チャンス」に変えてきたとも言えるのではないだろうか。

今回のドラマの主役は、赤字から5年で黒字化を果たした株式会社横浜DeNAベイスターズ。2020年はご存知の通り、プロ野球の開幕も延期。収益も思うように上げられない、今も苦境の状態だが、快く取材に応じてくれた。

同社広報部の河村康博氏と、二人三脚で球団を盛り上げてきた横浜市市民局スポーツ振興課担当課長の山本登氏に、復活までの経緯を聞く。

浮かび上がってきたキーワードは「信頼獲得」。同社の復活劇は、地域住民にとことん向き合うファンサービスで成し遂げられていた。


急務は新規ファンの獲得。急がば回れ、の地域交流

DeNAがベイスターズの経営権を受け継いだのは2011年のこと。当時のチームは負けが当たり前の暗黒期で、2008〜2012年まで連続最下位。観客動員数の減少から多額の赤字を抱えていた。

ベイスターズ 河村「一般的に球団運営費用は広告宣伝費と捉えられ、ある程度の赤字を許されることがあります。しかし、DeNAは球団単体での黒字化を目指しました。

新体制構築のために掲げたコーポレートアイデンティティは『継承と革新』。黒字化のために立てた戦略は『新しいファンの獲得』です」

継承当時のスタジアムは稼働率が50%程度。従来のファンだけでなく新しい観客を呼び込む必要があった。そこで球団は注目度を上げるため、勝敗に応じてチケット代を返金する企画や、日常でも使えるデザイン性を高めたグッズの展開など、ユニークな試みを次々と実行していく。

 幼稚園での野球ふれあい訪問で、フォームを学ぶ子どもたち

そして球団が力を入れたのは地域交流。売上に直結する施策ばかりでなく、視座を高め、地域や社会に目を向けることで、新たなファン作りへの活路を見出そうとしたのだ。その一環として、横浜市スポーツ振興課と共に幼稚園や小中学校で野球にふれあう活動を始めている。

自治体と球団の連携はチーム継承以前から行われていたが、この取り組みについて、横浜市スポーツ振興課の山本はこう話す。

山本「横浜市は中期計画として『スポーツで育む地域と暮らし』を掲げています。これはスポーツを通して市民生活を充実させ、街の活性化を目指すもの。目標を実現するために、ベイスターズには様々な形でご協力いただいています。

2018年には市内187ヵ所の幼稚園・保育園・小学校を廻り、球団の選手やコーチから子ども達へ向けて、野球の魅力を伝えてもらいました。

この取り組みを通して球団のファンになったお子さんもいるでしょう。野球中継を見始めれば、球場に足を運んでみたくなります。『試合を見に行きたい!』とお子さんに請われてスタジアムに足を運んだご家族も増えたのではないでしょうか」

市民のためのベイスターズ。市民からの愛を集めたベイスターズ。

ベイスターズと横浜市の二人三脚は続く。2012年には横浜市の協力を得て、パブリックビューイングを行った。

これもまた、新規ファンを獲得するための施策のひとつ。スタジアムの近くで試合を見てもらおうと、球場のある横浜公園に200インチの画面を設置して、ビアガーデンを併設した。

この施策を実現するためには横浜市の協力が欠かせなかった。

スタジアムに隣接する公園は横浜市が管理している。行政が一企業を優遇し、公共の場で飲酒を許せば苦情が起こりかねない。そこで、市のスポーツ振興課が市民と球団の間を取り持つことに。パブリックビューイングの目的である「公園の賑わいづくり」と「市民サービス」を全面に押し出し、調整した。

2019年のベイビアガーデン。球団が手掛けたオリジナルビールを楽しみながらの観戦も

ベイスターズ 河村「前例がない難しい調整ではありましたが、市民の方からの苦情はなく、スタジアムの動員数をさらに伸ばすことにつながりました。施策のなかには自治体と連携しなければできないものがあります。近年では、スタジアムの客席を増やすためにリニューアルを行ないましたが、市の条例を変える必要がありました。この時も市の皆さんがさまざま調整してくださったのです」

横浜市が同球団を全面的に支援しているのは、ベイスターズの影響力に大きな期待を寄せているからだ。

山本「横浜市にチームがあることで、市民は地域へ愛着を深めることができ、全国からの注目も集めることができる。球団の成長は、市の盛り上げに繋がります。

目に見えてファンが増えた、と感じたのは2017年のことです。19年ぶりにチームが日本シリーズ進出を果たし、街はベイスターズカラーの青一色に染まりました。

ユニフォームを着て応援に向かう人が増え、横浜スタジアム周辺の商店街のいたるところにベイスターズのフラッグが掲げられていました。あの時の盛り上がりは大変印象的です」

横浜市とベイスターズはさらに関係性を強化。包括連携協定を締結して、こどもの体力向上や健全育成、福祉や地域活性化など、行政課題を連携して解決する体制を作り上げた。この活動の一貫として、選手が寮で食べているカレーライスを再現して横浜市の学校給食で出したり、0歳児へ絵本のプレゼントを行ったりと、様々な地域貢献活動が行われている。

ベイスターズでは、ビラ配りをして市民に直接働きかける一方で、従来からのファンを大切にするため、往年のスター選手を招いてドリームマッチを行うこともあった。そうした地道なひとつひとつの行動の積み重ねが地元ファンの心を掴んだのだろう。

6月19日〜21日まで開催予定のオンライン会議システムを活用した、OB解説つき開幕3連戦のイメージ

スタジアムからオンラインへ。ファンとのコミュニケーションを絶やさず今を乗り切る

継承後の苦境を乗り越えたベイスターズだが、2020年にはコロナ禍による新たな窮地に立たされている。感染症の蔓延を防ぐためには三密を避けなければならない。プロ野球は無観客試合での開幕を予定しているが、スタジアムに観客を呼べないため収益は大きく下がってしまった。

ベイスターズ 河村「2018年には座席稼働率がほぼ100%になり、スタジアムの改修を経て、球団はより盛り上がっていくはずだった。しかし、コロナショックによって梯子が外されてしまいました。

私たちがいま最も恐れているのがファン離れです。お客様が球場に足を運ぶことができないので、チームに対する熱が冷めてしまうのではと懸念しています」

この状況に対応するために、ベイスターズはインターネットを通じた情報発信を積極的に行なっている。

ベイスターズ 河村「選手が三密を避ける紙芝居の啓発動画を配信し、ステイホームを呼びかけました。また、医療従事者に向けた応援メッセージの公開やプライベートな部分を全面に打ち出した映像企画を実施するなど、さまざまな情報発信をしています。

また、ご自宅からプロ野球を楽しんでいただくため、オンライン観戦イベントや無観客のスタジアムにファンの皆様の声や写真を掲出して選手にエールを届ける企画を予定しています。

先が見えない状況はしばらく続くでしょう。しかし、今後も地域や社会のために何ができるかを考え、これまで築いた信頼を大切に、横浜市と共に真摯に行動を続けていきます」

苦境の時ほど培った信頼がものを言う。仲間と共に培った信頼は応援に変わり、企業を助けてくれるはずだ。止まない雨はない。同球団に見習い、withコロナの時代を仲間と共に泥臭く歩んでいきたい。

文・鈴木雅矩